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配信者冥道めいの来訪(後)

 到着した階は照明が落ちているのか、とても暗かった。懐中電灯で周囲を見渡したところ先ほどの階と構造は同じ居住区階なようだったが、冥道めいは再び眉をひそめて先ほどと同じ操作をし、エレベータを動かした。


「あの階でもありませんでした。どうやらボタンとセンサーの反応が一致していないと正しい階にたどり着けない仕組みのようです。現在センサーに反応させる信号を調整しているところです」


 到着した階は直前の階と同じくとても暗かったが、そこはまるで何十年間も改築していないかのように古びた様相だった。ライトを照らした先の廊下はところどころ黒ずんでいて、所々闇が蠢いているような錯覚にも陥った。


 次に到着した階は居住区階ですらなく、まるで都内にある水害対策用地下施設のようにただ広く何もない空間が広がっていた。リスナー一同の反応を完全に無視した冥道めいは一目見るなりエレベータを操作するのだった。


 その次に到着した階は一見何のおかしな点が見当たらない居住区階だったが、冥道めいは財布から取り出した硬貨をエレベータ内から放り投げると、なんとエレベータの扉を境に消えたではないか。


「見えているのは映像ですね。向こうがどうなっているのかは分かりませんが、確認しないほうが良いのでしょう」


 そうとだけ冥道めいは語ってその階も早々に切り上げた。


 次々と現出する怪奇現象にリスナーは恐怖に怯えた。これまではただ単にテレビでやる心霊番組のような感覚で視聴していたのだが、画面越しだろうと実際に本物の怪奇を間近で体験するのとではわけが違った。


「なるほど……分かりました。次は大丈夫でしょう」


 そんな不安をよそに冥道めいは次の階へと移動、着いた階のエレベータホールに降り立った。周囲を伺い、扉を閉じて別の階へと向かっていくエレベータを見送る。そして冥道めいは目的の場所へと足を向ける。


 もはやリスナーは置いてきぼりになっている。それでも視聴を止めないのは冥道めいのファンだからで、彼女を信じているから。きっとこの恐怖を耐えることで冥道めいは自分達が見たいものを見せてくれる、と期待して。


「過去の配信から『彼女』がこのマンションのこの階に住んでいることは明らか。そして彼女の住んでいる部屋は――」


 突然、廊下の照明が消えた。


 画面の向こうで配信を見ていた何人が悲鳴を上げたことだろうか。中には「もう無理」とパソコンのモニターの電源を落としたりノートパソコンを閉じるリスナーもいたほどだった。


 それでも冥道めいは一切動揺しない。落ち着いた様子で懐中電灯を点けようとし、全く明るくならないため、「このまま行きます」と宣言しながらそのまま闇の中を突き進んでいくのだった。


 そして冥道めいは手探りもせずにとある部屋のインターホンを鳴らした。程なく向こうと繋がる音がして、返事が聞こえてきた。


「はーい」

「失礼しました。部屋を間違えたようです」


 やり取りはほんの一瞬だった。冥道めいは丁寧に詫びると隣の部屋へと向かっていく。しかし、そんなことは些事とばかりにリスナー達に衝撃が走った。何故なら向こうから聞こえてきた声、それは――。


 再びインターホンを鳴らし、先ほどと同じように向こうから女子らしい若い声が返ってきた。

 それも、前と全く同じ声で。


「はーい」

「失礼しました。部屋を間違えたようです」

「え? 合ってると思いますけど」

「いえ、違います。しかし、そうですね……。『彼女』の隣人ですし、ご挨拶を。わたくし、Vdolの冥道めいと申します。初めまして、『七尺二寸』様」

「……へえ」


 冥道めいが口にした名前にリスナーは驚き、そしてインターホンの向こうから聞こえてきた声が突如として変わったことに更に驚き、終いには廊下の電気が復旧したことでまたまた驚いた。


「分かるんだぁめいちゃんは。じゃあもしかしてさっきのも?」

「ええ、先ほど応対した方は『座敷童こけし』様でした。こんな夜中まで起きていて大丈夫でしょうか、心配です」

「そうねー。よく寝てこそよく育つのにねー。ちょっと言わないと駄目かもね」

「それで、『彼女』の部屋は隣でしたよね?」

「ええ、そうよ。ようこそいらっしゃい、歓迎するわー」


 冥道めいは会話を切り上げて隣の部屋へと移動、インターホンを押した。そして向こうからは前二回と同じ声が聞こえてくる。リスナーの何割かも慣れ親しんだ、あの有名な配信者の声が。


「はーい」

「初めまして。わたくし、Vdolの冥道めいと申します」

「へ……? ふぇっ!?」

「真夜中の配信中に訪ねたことお詫びいたします」

「ほほほ、本物ですか!?」

「わたくしの公式配信で今の様子も届けていますので、ご確認いただければ」

「……本当だ! え? 本当の本当に冥道めいさんですか!?」

「ええ、本当の本当です」


 インターホンの会話が途切れ、扉越しにから廊下を慌ただしく駆ける音が聞こえてくる。そして鍵とチェーンが外れ、玄関扉が開いた。そして、冥道めいが会いに来た知人である彼女が現れる。


 配信者、幽幻ゆうな。

 これが彼女との現実世界でのファーストコンタクトとなった。

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