0.Prologue.
数日前、ジャレッド・マーフィーとラウレンツ・ヘリングによって、冒険者たちから救われたアッペルの村。
竜種の傷もすっかり癒え、元気を取り戻して住民たちにも笑顔が戻っていた。
すでにアルウェイ公爵家の援助を受け、村は復興に向かっている。時間がかかるだろうが、きっとよい村に生まれ変わると誰もが信じていた。
「よしよし、いい子じゃ、いい子じゃ」
村の奥で日向ぼっこをしていた竜種を、ひとりの少女が撫でている。
少女はまだ幼く、十歳を超えたほどだ。ウェザード王国では見られない花柄の刺繍をあしらった民族衣装に身を包み、赤く伸ばした髪を左右に結っている。
「そうか、ジャレッド・マーフィーがそなたを助けてくれたのじゃな。ふむ。そなたも恩を感じているなら、殺すのだけは勘弁してくれよう」
ぐるぐる、と唸り声を上げている竜種とまるで意思疎通ができているかのように、少女は会話を続けていく。
少女には竜種に対する恐怖は微塵もない。万が一の不安どころか、自分が害されるという心配もなかった。
むしろ、竜種のほうが少女を気遣うような瞳を向けている。
「あら、不思議なこともあるものね。竜種とお話ができるのね、お嬢ちゃん?」
不意に背後から影が覗き、少女が振り返る。
すると、フリルをふんだんにあしらった衣服を纏い、桃色の髪を短く顎のラインで切りそろえた、日傘を差した少女が愛らしい微笑みを浮かべて立っていた。
竜種と会話していた少女よりも、二、三歳年上に見える着飾った桃色の髪の少女。
「お嬢ちゃんにお嬢ちゃんと言われたくない」
ムッとした顔をして、赤毛の少女が髪を揺らせて立ち上がる。
「あら、ごめんなさい。でも、私ね、こう見えてもずいぶん長生きなのよ?」
「妾だって長生きじゃ!」
赤毛を乱して噛みつかんばかりに声を荒らげた民族衣装の少女に、桃色の髪の少女が笑顔を深める。
「あらあら、怒らせちゃったわね。でも、私は、あなたと喧嘩をするつもりはないのよ。盗み聞きしてしまう形になってしまったけど、どうやら目的地が同じようだからご一緒できないかしら、と思って」
「そなた、何者じゃ?」
「私はアルメイダ・ムウラウフ。こう見えてとっても強い魔術師なの」
アルメイダと名乗った桃色の髪の少女の言葉に、首を傾げると、
「まじゅつし? ふむ、呪い師のことか?」
赤い髪の少女が探るように問う。
「ずいぶん古い呼び方をするのね。ところで、あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「むっ。そなただけに名乗らせておきながら、妾が名乗らないのは失礼じゃな。我が名は璃桜。竜王国竜王である父を持つ末の娘じゃ!」
「――まさかの大物にびっくり。でも、あなたが本当に竜なら、竜種がおとなしくしているのもよくわかるわ」
アルメイダは両目を見開き、堂々と名を名乗った璃桜を眺める。
抑えられてはいるが、人間では有しただけで身体が内側からはじけてしまうほどの魔力を璃桜から感じ取ることができる。
膨大で強力な魔力は、大陸でもっとも強い生物である竜の証拠とも言える。
だが、アルメイダは、極まれに人間でありながら人間という範疇を逸脱してしまった者がいることを知っている。
目の前の少女がそうだとは思わない。堂々と名乗った通り、竜なのだろう。
外見通りの年齢ではないかもしれないが、それはアルメイダも同じこと。しかし、竜の精神年齢は見た目に比例すると聞くので、璃桜はまだ子供なのかもしれない。
「ところで、アルメイダと言ったな。そなたはなにをしにここへきたのじゃ?」
「不肖の弟子に会いにいくところなの。その前に、少し寄り道をしながらあの子のしたことを見て回っているのだけど、ちょっと心配ね」
「……その若さで弟子がいるとは、そなたはとても凄い呪い師なのか?」
「ついさっきも言ったけどね、私は外見通りの年齢じゃないの。魔術師として凄いか凄くないか、自分ではわからないけれど、年を重ねた分の技量と強さはあると自負しているわ」
幼い子供に言い聞かせるような優しいな口調のアルメイダに、璃桜はどこか安心感を覚えた。
「あなたが会おうとしているジャレッド・マーフィーに、私も会いにいくのよ。よかったら、ご一緒しないかしら?」
「うむ。構わんぞ! 妾もひとり旅に退屈しておったところじゃ」
アルメイダの申し出に璃桜は大きく返事をする。
「なら、道中楽しくお話しでもしながらいきましょう。美味しいものも食べさせてあげるわ」
「本当か!?」
目を輝かせる璃桜に、竜といっても人間の子供と変わらないのだと苦笑してしまう。
「ええ、もちろんよ」
「アルメイダはいい奴じゃな。気に入ったぞ!」
嬉しそうにはにかむ璃桜と手を繋ぎ、竜種に別れを告げる。
「うむ! では、ジャレッド・マーフィーをぶっ潰しに向かおうぞ!」
「あの、それはやめてあげて……」
「そうか? ならぶっ飛ばすくらいで勘弁するとしよう」
「竜にぶっ飛ばされたら死んでしまうかもしれないのだけど……一応、手加減してあげてね」
「わかっている。先ほどの子竜にもジャレッド・マーフィーは殺さないと言ったから、手加減はしてやる。だが、妾の家族に手を出した代償は支払ってもらうぞ!」
「あの子、いったいなにをしたのかしら……」
高笑いを続ける璃桜に不安を覚えずにはいられないアルメイダは、弟子が殺されないように竜の少女のご機嫌をとろうと決めたのだった。
本日から三章を始めさせて頂きます。
しばらく不定期の更新となりますがよろしくお願い致します。




