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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
二章

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31.暗躍する影.8



「そんな……」

「あと、魔術師協会はまだ時間がかかっているようだけど、騎士団は学園に着いたよ。ただ、彼らは魔術師が大嫌いだから、間違いなく君の邪魔をするだろう。だが、私も魔術師だ。騎士団の脳筋たちのせいで罪を犯したとはいえ生徒の今後が左右されてしまうのも面白くないと思ってね、急いで薬を持ってきたんだが――予想外の展開で驚いているよ」


 キルシの言葉通り、騎士団は魔術師を嫌っている。

 アルウェイ公爵家の私設騎士などは友好的だったが、ここ王都では騎士団の魔術師嫌いは有名だ。

 とくに魔術師協会と折り合いが悪い。魔術師協会が半ば独立組織となっていることも気に入らないらしい。

 ドリューのことを考えれば騎士団でも魔術師協会でも構わないから応援がほしいと思うが、自分が締め出されてしまうと困る。そして、学園の生徒とはいえ魔術師であるドリューに対して騎士団がどういう態度をとるのかも不明だ。

 キルシが言わなければジャレッドは騎士団の魔術師嫌いを思いだすことなく協力を求めていただろう。


「魔術師協会はなにをしているんですか?」

「さあ? でも、協会はすぐに動かせる人員がいないからね。だからこそ、ジャレッドくんをはじめ優秀な人材を使っているんじゃないかな」


 キルシを見学席まで運ぶと、彼女から注射器を受け取り懐にしまう。


「ラウレンツ、先生を頼む。あと、このままここからでるなよ」

「ちょっと待ってくれ、ジャレッド! いろいろと混乱しているし、聞きたいこともあるんだが、今はひとつだけでいいから答えてくれ――まだ戦うのか?」


 ラウレンツの問いに、なにを今さらと不思議そうな顔をしてジャレッドは頷いた。


「わかりきったことを聞くなよ。ドリュー・ジンメルがどうしてあんな姿になったのかわからないけど、あの姿のまま訓練所からはだせない。殺したと思っても再生した以上、あいつが死ぬまで戦うしかないだろ」

「なら僕も手伝おう」

「いや、気持ちだけ受け取っておく」

「なぜだ! 僕では役立たずなのか? 確かにドリューを手に負えないと任せてしまったが、今は少しでも戦力を多くするべきだろう!」

「違う、そうじゃないんだ。今の俺は魔力も体力もつきかけているから、足を引っ張るなら俺の方だ。それでも、戦い慣れている俺の方が戦うべきなんだ」


 納得のいかない表情をしているラウレンツの気持ちもわからないわけではないが、今は説明している時間が惜しい。


「俺は戦う。だけど、もし俺になにかあったら、そのときは頼む」

「――ッ! 馬鹿なことを言うな!」

「万が一だよ。じゃあ、頼むぞ!」


 返事を聞かずに見学席から飛び出して、ドリューの前に立ちふさがるように着地する。


「一度死んだはずのお前がどうして生き返ったのかわからない。だけど、ここから出してやることはできないんだ」


 ドリューには今までのようなジャレッドに対する敵意が見えない。代わりに、外へ出ようと訓練場の出口に向かって歩き続けている。

 歩みを止めようとしないドリューに向かって注射器を取り出し、見えるように掲げる。


「これは解毒剤だ。お前が使った魔力増幅薬の副作用を消してくれるんだ。もしかしたら、その姿も治るかもしれない。わかるか?」


 返答はない。

 唸ることも、咆哮を上げることさえせず、ただ外へ向かおうとするだけだった。

 しかし、ジャレッドが注射器を見せて解毒剤と言ったとき、ドリューの視線は間違いなく動いたことに気付いた。


「今、治してやる。いいな?」


 敵意がないことを証明するため両手を大きく広げてドリューに近づいていく。

 ジャレッドが近づいていくと、ドリューは足を止めた。視線だけが自分を捕らえていることを感じながら、警戒しながらそばに寄っていく。


「注射は平気か? 俺はあまり好きじゃないんだ。でも、今はこれだけしかないから我慢してくれよ? さあ、腕をだしてくれ」


 ジャレッドに応えるように、ドリューは静かに隻腕となった右腕を差し出した。

 言うことを聞いてくれることに安堵しながら、注射器の針を腕に刺そうとした――その刹那、


「ガァアアアアアアアアッ!」


 咆哮とともに右腕がジャレッドを襲う。


「――ッ」


 注射器を庇ったせいで回避が遅れ、直撃こそ回避したが、ドリューの薙いだ爪がジャレッドに傷を与えた。

 制服が破れ、胸部が横一閃に斬り裂かれ血が流れた。


「ずいぶん素直だとおもったら、やっぱり抵抗するつもりだったのか?」


 また返答はない。

 抵抗される覚悟はしていた。傷は負ったが深手ではない。なにより注射器は無事だ。


「なら、強引にいくぞ?」


 倒すのではなく、あくまでも注射器をドリューに刺せばいい。そう思えば気が軽い。

 敵意こそないが、言いなりになるつもりはないとばかりに鼻息を荒くしているドリューに向かってジャレッドは走る。

 姿勢を低くして、地を這う蛇のごとく疾走する。

 大振りの攻撃をかわすと、股を潜って背後をとる。


「抵抗したからお仕置きだ」


 精霊に干渉して水の刃を作ると、注射器を持っていない左腕に纏わせ、縦に一閃する。

 固い体毛で注射器の針が拒まれることを予想して、傷を作り直接針を突き立てようと考えたための攻撃だった。

 水の刃は体毛ごとドリューの背を斬り裂いた。手ごたえは浅い。しかし、少しでも傷がつけばいい。

 流血を確認するとドリューがこちらを振り向くよりも早く、注射器を突き立て薬を流し込んだ。

 同時に、振り返ったドリューが腕を振るい、防御の上から衝撃を与えられてしまい大きく吹き飛ばされる。地面を数回跳ねることを繰り返すと、地面にナイフを突き立てて勢いを殺す。


「本気で殴りやがったな……だけど、薬は打ってやったぞっ!」


 しかし、目に見えた変化はない。すぐになにかが起こるとは思っていないが、効果がでるまでどのくらいの時間が必要なのかすらわからない。


「キルシ先生! 薬はどのくらいで効果がでるんだ?」

「不明だ。彼の症状が予想外なのだから、効果がない可能性のほうが大きい」

「ならどうすればいい?」


 倒すのではなく、薬の効果がでるかどうかわからない現状で、ただ時間を稼ぐのはあまりにも難しい。

 どうするべきか、と頭を抱えたくなったジャレッドに、


「我々に任せてくれればいいんだよ。ジャレッド・マーフィー殿」


 誰かから声がかけられる。


「誰だ?」

「ご存じないとは残念だ。我々は王国騎士団第三部隊である。吾輩は部隊長のエトムントと申す。学園の要請を受けて、参上した」




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