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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
二章

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24.暗躍する影1.



 ウェザード王立学園の朝は早い。

 騎士を目指す者、魔術師を目指す者、周囲よりも抜きんでようと朝早くから勉学に励む者が多く、学園も早くから解放されているため生徒も利用しやすい。

 生徒たちの喧騒を耳にしながら、ドリュー・ジンメルは校舎の裏で膝を抱えて震えていた。

 理由は多々あるが、その最たるものがジャレッド・マーフィーだ。

 アルウェイ公爵家の四女であるエミーリア・アルウェイの命令によって、ジャレッドを貶めるはずだった。しかし、失敗した。それどころか、不仲だったラウレンツ・ヘリングとジャレッドを和解させてしまうという失態までしてしまう。そのせいで、ジャレッドとオリヴィエに関する悪い噂が大きくなることがなくなってしまった。

 ドリューの失敗は言うまでもなくエミーリアを怒らせた。

 エミーリアに公爵家の権力を振りかざす力はあまりないことは知っている。それでも、実家が貴族ではなくなり平民にまで落ちぶれてしまったドリューにとって、エミーリアの力は恐れるべきものである。

 なによりも彼女に従うのは、魔力を持つドリューを貴族の子女に紹介してくれると言ってくれた。叶えば再び貴族に戻ることができると信じ、人のいいラウレンツを誘導しようとしたが上手くいかなかった。

 エミーリアに最後のチャンスを与えられたものの、ジャレッドの周囲を害せよという無理難題だった。

 だが、ジャレッドを殺せと命じられるよりはマシだ。

 魔術師協会が実力を認め授業を免除する代わりに、魔獣討伐などの依頼を積極的にこなしているジャレッドは戦闘経験が豊富だ。ドリューのように実戦授業でしか戦闘経験のない未熟者が逆立ちしても勝てるはずがない。


「――間違いなく、殺される!」


 だからといってジャレッドの周囲に手を出せば、間違いなく報復されるだろう。おそらく、ジャレッド本人を襲うよりもひどい目に遭うこと間違いない。

 しかし、ドリューにはあとがない。そして、前にも進めない。

 自業自得とはいえ恐怖によって身動きが取れなくなってしまったドリューの思考は、どうやって現状から逃げ出すかどうかだった。

 ラウレンツが何度か声をかけてくれたが、役に立たないとわかっている。言うまでもなくジャレッドの味方であるラウレンツが自分を救ってくれるはずがない。


「やるしか、ないんだ……ッ」


 すでに標的は決めている。ジャレッドの周囲で唯一平民であるクリスタ・オーケンだ。

 彼女を害せば、エミーリアは満足するだろう。ジャレッドは怒り狂うだろうが、約束通りエミーリアが公爵家の力で守ってくれると信じている。

 何度も襲おうとした。ジャレッドが学園にきていない今こそチャンスだと何度も何度も危害を加えようと企んだ。

 しかし、できなかった。

 ドリューにそれだけの覚悟がなかったこともそうだが、狙ったようにクリスタは誰かと一緒にいる。

 ラウレンツやラーズはもちろん、最近ではベルタとクルトのバルトラム姉弟とまで親しくしているため、決定的なチャンスが訪れない。

 いっそ投げやりになって周囲の目など気にせず暴れてしまおうかと何度も思ったが、それだけのことをしてもドリューの力ではラウレンツひとりいれば容易く制圧されてしまうだろう。

 力がないことが悔しい。弱者ゆえに怯えていなければならない自分が恨めしい。

 なによりも、力をもっていることが当たり前だと信じて疑っていないジャレッドたちが憎い。


「力がほしい」

「なら、僕が君に力をあげよう」

「――え?」


 独り言だったにもかかわらず返事があったことに驚いたドリューは思わず顔を上げると、そこには柔和な笑みを浮かべた人懐こい雰囲気の少年が立っていた。


「誰だ、お前?」

「僕のことはいいじゃないか。それよりも、君――力が欲しいんだろ?」

「どうして?」

「それは僕が君の悩みを知っている理由かな? それとも、僕が君に力を与えようとしている理由かな?」

「両方だ」


 言葉短く言葉を吐きだすドリューは間違いなく動揺していた。

 無理もない。突然現れた少年が、自分が力を欲していることを知っているのだ。あげくに、力をくれるという普通では信じることなどできない。

 しかし、今のドリューはなにかに縋っても現状を脱したいという欲求があった。


「君の悩みを知っているのはね、僕がここしばらくのあいだ君がたくさん悩んでいることを見ていたからだよ。かわいそうに。君に酷い命令をしたエミーリア・アルウェイは、とっくに君のことを忘れているよ。知っているかい? 彼女、ジャレッド・マーフィーと結婚したいんだって」

「――なっ!?」

「驚いた? 驚くよね? でも、酷い話だよ。君にジャレッドを殺せと命じ、ジャレッドの周囲を害しろと言いながら、彼女はそんな命令したことも忘れて彼に夢中だ。そもそも、一度は邪魔と思い排除しようとしておきながら、どうすれば結婚したいなんて非常識なことを思えるんだろうね?」


 ドリューは言葉を失っていた。

 少年の言った通り、エミーリアがジャレッドと結婚したいなど、どの口が言うと思わずにはいられない。

 なによりも、自分のことを忘れて、脅迫ともいえる命令をなかったことにしていることすら信じられない。


「かわいそうに。君はずっと悩み、怯え、苦しんでいたはずだ。だけど、誰も気づいてくれなかった。もっと君はみんなから気にかけられていい存在なのに」


 少年はドリューの気持ちがわかるといわんばかりに、辛さをにじませる表情をしている。


「僕はね、君を助けたいんだ。君の力になってあげたいんだ」

「本当、か?」

「もちろんさ! 君は被害者なんだから、救われる権利がある。そして僕には君を救うことができる。ほら、僕たちは出会うべくして出会ったんだよ」


 少年の言葉はどこか見当違いな気がした。だが、ドリューとっては久しぶりに耳にする、温かい言葉だった。

 彼なら本当に自分のことを助けてくれるかもしれない――という錯覚さえ覚えてしまう。


「僕が君に力をあげるよ。ジャレッド・マーフィーに怯える必要もなく、エミーリア・アルウェイに復讐できるだけの力を君にプレゼントしたいんだ」

「俺に、そんな力を?」

「あげるとも。ジャレッド・マーフィーを倒したくないかい?」

「……倒したい」

「エミーリア・アルウェイに復讐したくないかい?」

「復讐、したいッ!」


 憎しみが込められた声を出すドリューに、少年はにぃと唇を吊り上げて笑みを作る。


「なら僕が君に力をあげよう。とても強力で強靭な力だよ。君ならその力を十分に使うことができるはずさ。そして、君を馬鹿にしたみんなを見返そうじゃないか?」


 そう言って、蹲っていたドリューに少年が手を差し伸べる。


「さあ、どうする?」



 ドリューの答えは――。




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