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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
二章

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19.コンラート・アルウェイという少年8.



 ジャレッドの手を借りず、さっそく瞑想に入り魔力を感じようとしているコンラート見守っていると、公爵がそっと近づいてくる。


「どうかしましたか?」

「言いにくいことなんだが、実は――プファイルが消えた」

「――ッ」


 思わず大きな声が喉からこぼれそうになるが、近くにコンラートとテレーゼがいるため、必死に飲み込んだ。


「先ほど知らせがあったんだが、コンラートたちの手前うかつに伝えることができなかったのだよ」


 無理もない。先日の襲撃の一件は隠されている。それもそのはず、暗殺組織ヴァールトイフェルがハンネローネを狙ったなどと知れたら、関わっていない者たちであってもお互いに疑心暗鬼になってしまう。

 ただの嫌がらせや、冒険者を使うのとはわけが違う。

 本当に殺すしか選択肢がない相手を雇ったのだ。犯人が誰であれ、ハンネローネが狙われた事実が公になれば、他の人間ももしかしたら自分が狙われるかもしれないと恐怖するだろう。

 なによりも、事を公にしたせいで、黒幕の行動が慎重になるのも困りものだ。それでは尻尾を掴むことができない。

 しかし、まさかこうも早くプファイルが脱走するとは思っていなかった。

 公爵から聞く限り、怪我から目覚めて飲まず食わずだという。現在のプファイルに逃げ出すだけの体力が残っているかどうかも疑問だ。


「問題なのは彼が逃げたことではないんだ」

「と、言いますと?」

「プファイルを監禁していた場所は私を含め、十人も知らない。そして、見張りには信頼が置ける実力を持つ騎士を配備していた。にも拘わらず、昨晩の内に騎士たちは倒されており、交代の時間まで誰も気づくことができなかった」

「外部からプファイルを助けにきたんですね。しかも、屋敷の中の誰かが手引きをしていたのでしょう」


 もうすでにプファイルはどこかに消えただろう。

 ハンネローネを狙う黒幕までもう少しだったかもしれないと思うと悔しさがこみ上げてくる。

 公爵もジャレッドも、慎重に行動しすぎたのかもしれない。

 だが、どれだけ後悔しても後の祭りだ。


「手引きした者は、おそらくハンネの命を狙う者だろうな。問題は、プファイルの居場所をどうやって知ったかだ。考えたくないが、私が信頼している者たちの中にも、誰かしらの息が掛かっているのかもしれない」

「その可能性もありますが、この屋敷の見取り図はありますか?」

「ああ、もちろんだ。なにせ私でもたまに迷うほど広いからね。先祖から受け継いだ屋敷だが、不便さはあるよ」

「その見取り図は誰でも手に入れることはできますか?」

「……残念だが、可能だ。警備の騎士たちなら暗記しているはずだから、書き起こそうと思えばできる。必要があれば用意することだって可能だ」

「ならば、プファイルの居場所を知っていた方々に内通者がいると考えるよりも、見取り図から監禁場所を割り出した方が早いかもしれません」


 実はジャレッドも先日オリヴィエから屋敷の見取り図を見せてもらっている。

 あくまでも屋敷の建物の配置などの簡易的なものだが、それでもなにがどこにあるかを知っているだけでも行動は変わってくる。


「私が予想するなら――あそこにプファイルを監禁していたと思います」


 ジャレッドが指を指したのは、訓練所から見える屋敷の西側の三階だ。

 訓練場からよく見え、なにかがあればすぐに騎士が駆けつけることができる場所であり、使用人たちの生活拠点は同じ西側の一階だ。

 確か、二階は貴重品などを保管する場所だったと記憶している。

 公爵たちは、本館とも言える北側は主だった場所として、個人の部屋は東側になる。

 地下も存在しているが、秘密裏に監禁したい人間をわかりやすい地下には置かない。そうなると、使用人の目につかないように、家族からも離したい。万が一を考えて、遠ざけたいと思う心理から推測すると、ジャレッドなら屋敷の西側の三階にプファイルを監禁する。

 どこの部屋にするかまでは予想できないが、気配や魔力を探れば大まかな場所さえわかれば見つけることは容易い。

 公爵の返事を聞くまでもなく、ジャレッドは自分の予想が当たっているとわかった。

 なぜなら、言葉を失い驚きの表情を顔に張り付けている公爵が目の前にいるからだ。


「私でもいくつか候補を絞ることができます。間違いなくプファイルを助けたのはヴァールトイフェルの者でしょう。でしたら、私よりも確実に居場所を突き止めることができたはずです」

「……かもしれない。だが、手引きした人間がいることも確かだ」

「無理もありません。プファイルが捕まっていることは依頼主であれば知っていたでしょう。万が一を考えて、遠からず行動していたはずです」


 秘密裏に監禁していたせいで、プファイルの逃亡にも気づくのが遅れてしまった。

 情報を共有している人間が少なかったせいだ。だが、こればかりはしかたがないとしか言えない。


「今日と言わずに昨日の内にプファイルと会っておくべきでした。申し訳ありません」

「いや、ジャレッドが謝ることはない。私の見通しの甘さのせいだ」


 ジャレッド以上に悔しく後悔しているのは間違いなく公爵だろう。

 そして、安堵しているのは黒幕だ。少なくても、これでプファイルから黒幕へたどり着くことはできなくなったのだから。

「ジャレッド。すまないが、オリヴィエたちのことを気にかけていてほしい。ヴァールトイフェルから人員が補充されたのならば、また襲撃される可能性がある。もちろん、今回の一件は隠さなくていい。オリヴィエたちにも警戒してもらいたい。だが、警戒を見せてはいけない。あくまでもなにも知らないふりをして、今まで通りに過ごしてくれ。誰がどこで伺っているのかわからないのだから」

「わかりました。オリヴィエさまに伝えます」

「私はこれから騎士たちになにがあったのか詳しく尋ねる。ジャレッドは――」

「念のため今日はオリヴィエさまの傍にいようと思います。コンラートさまには申し訳ありませんが、訓練方法を教えましたので、しばらくは自己訓練に励んでもらうことになると思います」

「構わない。そうしてくれ」


 公爵の了解を得たため、ジャレッドは瞑想を続けるコンラートを現実に引き戻す。


「コンラートさま、瞑想はどうでしたか? 魔力は感じ取れましたか?」

「えっと、温かくて力強い光が自分の中にあるような、ないような、そんな感じです」

「初めてでそこまで感じることができれば上出来ですよ。魔力は人によって感じ方が違います。感情によっても、その都度変化していきます。ときにはまるで自分の魔力とは違うと戸惑うこともあるかもしれませんが、人間に色々な一面があるように、魔力にもあるのです。なので、たくさん魔力を感じ取ってください。瞑想しなくても魔力を日常的に感じることができるようになれば、次の段階へ移れます」

「む、難しいですね」


 困った顔をするとコンラートに、ジャレッドは苦笑した。


「魔力の感じ方は本当に言葉では説明し辛いんです。感覚で掴んでもらうしかありません。まずは自分の魔力を、次に大気中にある魔力を、そして感じ取ることのできる魔力をどれだけ使うことができるかどうかも重要となっていきます」

「瞑想はどれくらいすればいいんですか?」

「飽きるまでです」

「え?」

「人間の集中力なんてたかが知れています。限界以上に物事をしようとしても、どこかで無理がでます。なので、飽きるまでで構いません。朝起きてから数分でも、剣術の合間に体を休めながらでも、夜寝る前に集中するのもいいかもしれません」


 どこでなにをするかは自分次第だ。

 ジャレッドは強制的に暇さえあれば瞑想するように強いられたが、コンラートには時間がある。

 無理をしない程度が一番いい。

 今日はじめての瞑想をしながら魔力を感じることができているのは早い。

 おそらく最初に魔術を使わせたことや、その前にしっかり魔力を感じ取らせたことも理由のひとつだろう。

 まだ感覚が生きている内に魔力を明確に感じとることができれば、すぐに次にいくことができる。そしてコンラートなら時間はかからないだろう。

 言われたことを真剣に聞いている姿を見れば、この後も時間が許す限り瞑想を続けるはずだ。

 誰かに強いられるのではなく、自らが望んで行うことに意味があるのだ。


「僕、頑張ってみます!」

「期待しています。それと、申し訳ありませんが、今日は用事があるためそろそろ失礼しなければならないのです」

「そうなんですか? よければお兄様と一緒に昼食を取りたかったんですが……その、オリヴィエお姉様のこともお話したかったですし」


 目に見えて残念そうにしてくれるコンラートに嬉しく思いながら、謝罪する。


「ありがとうございます。次の機会を楽しみにしています。また近いうちにご連絡して伺いますので、訓練頑張ってください」

「わかりました。お兄様が驚くように、たくさん頑張ります!」


 やる気に満ち溢れているコンラートにジャレッドは笑顔を浮かべる。


「マーフィー殿、本当にどうもありがとうございました」

「いいえ、テレーゼさま。私を信頼してくださったことに感謝しています。コンラートさまは素直で教え甲斐がある方ですので、とても有意義な時間が過ごせました」

「そう言っていただけると助かります。その、ハンネローネ様たちのことなのですが……」


 コンラートに聞かれないように声を潜めたテレーゼに、


「大丈夫です。なにがあっても私が守ってみせます」


 ジャレッドは力強く伝える。

 テレーゼは、改めてジャレッドに向けて深く頭を下げた。


「コンラートと、お二人のことをどうぞよろしくお願いします」

「お任せください」





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