29.ジャレッドと始祖1.
ついに約束の日が訪れた。
オリヴィエがいないアルウェイ公爵家別宅の玄関前で、戦闘衣に身を包んだだけのジャレッドがひとり、始祖を待っていた。
この場に、少年以外の人間はいない。
同等の戦闘力を持つ、プファイルたちはそれぞれの場所で万が一に備えている。
始祖を信奉する人間が、どう動くのかわからなかったためあくまでもジャレッドだけがこの場にいた。
逆に少年にとってはやりやすい。
周囲のことも気にしなくていいのだ。
頼りになる家族がみんなのことを守ってくれていると言うだけで、気が楽だった。
しかし、不安もある。
ラスムスの行方がわからなくなってしまったことだ。
彼は彼でなにか考えがあるらしく、独自に動いているようなのだが、それがジャレッドを不安にしていた。
「おや、待たせたかい?」
「別に」
「ふうん。そっけないね。私が私の姿をしているのが気に入らないのかな。オリヴィエの姿をしていれば、少しは優しくしてくれるのかな?」
音もなく現れた始祖は、先日と変わらず飄々としている。
オリヴィエの肉体を使いながら、姿形はまるで別人だ。
数日ぶりに再会したが、想像以上に冷静さを欠いてしまいそうだった。
始祖が望んだことではなかったとはいえ、最愛の人を奪う形で復活したユナ・ミハラサキ。
彼女に悪意がなかろうと、被害者である少年にはそう大差ない。
オリヴィエを奪われた、それが答えだ。
「黙れ、あんたと問答するつもりはない」
「つれないな。どうやら君はオリヴィエや一部の人間、というか家族にしか心を開かないんだね。彼女の記憶を見たよ。実に、短い間でいろいろなことがあったんだね」
「それはオリヴィエさまのものだ。あんたが見ていいものじゃない。体を奪っただけじゃ飽き足らず、記憶まで奪うっていうのか?」
「体が同調しているせいで記憶が流れてくるんだよ。彼女はよほど君のことを愛しているようだ。記憶だけじゃない、感情のほとんどが君への愛情ばかりさ」
ジャレッドは唇を強く噛み締めた。
オリヴィエが自分のことをどう想っていたのかなど、当人以外に分かるはずがない。
しかし、彼女の気持ちを、よりによって始祖から聞かされるとは思わなかった。
今のオリヴィエの感情を勝手に暴露されても、愛されていて嬉しいと伝えることさえできない。
それが、ただただ悲しかった。
「挑発するつもりはないけど、もっと感情的に襲いかかってくると思った。白状すると、相手をよく怒らせてしまう癖があってね」
「だったら口を閉じていろ」
「あらら、やっぱり怒っているみたいだね。いつもそうなんだ、どうやら私の言葉は少々人を傷つけるらしい」
まるでジャレッドとの会話を楽しんでいる素ぶりさえ見せる始祖に、少年は言葉短く返していく。
あまりムキになって調子に乗らせたくないというのもあるが、いつ戦闘が始まってもいいように、様子を伺っているのだ。
だが、不思議なことに、敵意も悪意も感じない。
始祖は、自然体で会話していた。
「……あんたさ、どういうつもりだ?」
「なにかな?」
「俺と戦うんだろ? だったら、さっさと始めようぜ」
「実を言うと、オリヴィエの記憶を見てから、改めて君のことが気になったんだ。気に入ったと言い換えてもいいよ」
「そりゃどうも。嬉しくないね」
「でも事実だよ。だからこうして、歩み寄れないか確かめているんだ」
「俺が、あんたと歩み寄るだと? どう歩み寄ればいいんだ?」
「簡単だよ――オリヴィエを諦めればいい」
一瞬、血が沸騰しそうになった。
まさかそんな話もならないことを言われるなど、夢にも思っていなかったのだ。
「冗談をいうのも大概にしろ。俺がオリヴィエさまを諦めるわけがないだろ」
「そんな君に朗報だ。私の中で、オリヴィエ・アルウェイはまだ生きているよ」
「――っ」
「だけど、私との融合が進めば、私たちは溶け合うことになるだろう。そのとき、私たちは新しいひとりとなる」
「どういう」
「私とオリヴィエが混ざり合って、新しい人間になるということだよ。もちろん、肉体面ではオリヴィエが、精神面では私が主となるだろうけどね」
「……あんた、それでいいのか?」
「いいもなにも、このままでは自然とそうなってしまうのさ。私がいくら始祖などと崇め奉られていようと、変えようのないことだよ。ひとつの器に、ふたりも納まりはしない。ならば、邪魔などちらかを追い出すか、溶け合うかしかないんだ」
せっかくオリヴィエの生存を耳にしたのに、まるで喜べなかった。




