24.ローザとコンラート.
「……た、大変なことをしでかしてしまった」
ローザ・ローエンは目覚めとともに、己の失態を悟った。
彼女はアルウェイ公爵家の一室にいた。
最近、護衛を含め、なにかと公爵家に顔を出すようになったローザに、公爵が用意してくれたのだ。
ベッドとソファくらいしか置いていない簡素な部屋だが、家具は一級品である。
戦闘者として幼い頃から各地を転々としてきた彼女にとって、自室など、オリヴィエたちと暮らす屋敷以外にはなかった。
一度はオリヴィエとハンネローネの命を狙った人間を、屋敷に招くどころか、部屋を与えて滞在させるなど正気の沙汰ではないと思う。
が、ある意味、度量が深いのだとも感心していた。
そんなローザは何事にも動じない女性だった。
命の危機が訪れようと、笑って戦えるような強い女性だ。
しかし、そんな彼女が、冷や汗を浮かべて頭を抱えている。
長い付き合いのプファイルでさえ、いや、父親のワハシュでさえ、こんな彼女を見たことはないだろう。
すべての原因はローザの隣にあった。
恐る恐るシーツを捲ると、そこには――寝息を立てるコンラート・アルウェイの姿がある。
「……やはり夢ではなかったようだ」
自分はもちろん、コンラートも下着さえ身につけていない状況だ。
ローザに至っては、下腹部にぎこちなさを覚えているのだ。
なにがあったのかは考えるまでもなかった。
「んっ……んん……」
「――――っ」
コンラートが小さく身じろぎをしただけで、ローザの体が跳ねる。
どのような顔をして彼と顔を合わせればいいのかわからない。
戦闘ばかり優れていても、男と女の関係にはまったく疎いのだ。
では、なぜ、そんなローザが、年下の少年と関係を持ったのかというと、オリヴィエにある。
コンラートは姉を慕っていたが、疎遠だった。
しかし、ジャレッド・マーフィーという少年が婚約者となり、彼女を取り巻く環境を変えたことで、関係にも変化が訪れた。
再び仲良く顔を合わせて笑顔を浮かべられるようになった。
姉だけではない。兄と慕うジャレッドとも、親しくなった。
そんな二人の家族ともいえる、ローザに恋をしたりもした。
コンラートにとって、オリヴィエは単に家族というわけではなく、かけがえのない存在だった。
そんな姉が、始祖という古の魔導王に肉体を奪われたと聞き大きな衝撃を受けた。
生死さえ不明。
希望も少ない。
そんな言葉を聞かされ、なによりも、巻き込まれたにも関わらず、自分のせいだと己を責めるジャレッドの姿が忘れられない。
まだ成人していないコンラートにできたのは、姉と兄を想って泣くことだけだった。
そんな彼を慰めたのが、母でもなく、父でもない。ローザだった。
ローザはコンラートの話に耳を傾け、優しく相槌を打ち続けた。
姉との思い出、新しい兄ジャレッドのこと、その後、出会っていった家族たち。
コンラートは、プファイルやルザーにも可愛がられ、ラウレンツとも親しくしていた。
そんな彼らと交流するきっかけを作ってくれたのが、他でもない姉だったのだ。
姉がいなければ、尊敬する魔術師たちとも出会うことがなかった。
少年は、当てもなく、心内を口にしながら涙を流す。
姉が恋しい、姉にもう一度会いたい。
そう願いがなら。
ローザは、彼を強く抱きしめ、まだ諦めるなと告げた。
まだジャレッドが諦めていない。すべてを失ったと悲しむのは、奴が諦めてからだ、と。
目元をこすり、必死に頷くコンラートを元気付けたかった。
力も、魔術も、すべてが自分より弱いくせに、ときどき男らしいことを言って驚かせてくれる、いつもの彼に戻って欲しかった。
同じく自覚した。
いつの間にか、コンラートに恋をしていたのだ、と。
その想いを認めた彼女は、背一杯彼を癒そうと、愛そうとした。
二人は求めるように唇を重ね、そのままベッドに倒れ込んだのだ。
「……後悔など、このローザ・ローエンに微塵もない。しかし、結ばれた男女がどのような顔をすればいいのか、私は父に教わっていない!」
戦闘では一騎当千の彼女ではあるが、恋愛には初心者である。
彼女は、幸福感と、緊張に包まれながら、愛しい少年が目を覚ますまでなんとも言えない時間を過ごすことになるのだった。




