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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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23.始祖と竜2.



 先に、力を抜いたのは始祖のほうだった。


「君と戦っても私になにも益はないからやめておくよ。それに、どうせ君は私には勝てない」

「……いいでしょう。私だって多くの人間を巻き込むことは望まないわ。だけどね、なにかを企んでいるあなたを放っておくわけにもいかないのよ」

「やれやれ。竜はおとなしくしていればいいものの、世界の均衡を守る役目を持っているというのは大変だねぇ」

「おかげで私はあなたを殺せないわ。殺すだけの力を持っているのに、ね」

「それは私のせいじゃなく、君たち竜の都合だから知ったことじゃないよ。だけど、あえて言わせてもらうなら、そんなだから竜は偽善者だって言われるんだよ」

「……言ってくれるじゃないの」


 晴嵐は忌々しそうに始祖を睨みつけた。

 偽善者と呼ばれる自覚が彼にはあったのだ。

 竜は世界の均衡を守る者だ。

 ゆえに、人間を滅ぼそうとする者が現れれば、人間と協力して倒そうとする。

 様々な種族を滅ぼそうとする人間が現れれば、他種族と手を取り合い戦いもする。


 竜とはそうやって、バランスを調節し続けていた。

 それゆえに、「どっちつかず」「偽善者」と呼ばれることも少なくはない。

 しかし、竜には竜の存在理由と行動理由がある。

 他の誰かになにを言われようと、そのあり方は変わらない。


「いっそ、君が竜の役目なんて知るか、と言って私を滅ぼせるなら、心から賛辞を送るよ。でも、竜が竜で有る限り、そんなことはできない。だから君は、ジャレッドに丸投げるしかないのさ」

「言っておくけれど、私は別に丸投げしたつもりはないわ」

「そうかな? 婚約者を奪われ絶望している十六歳の少年を放置していたのに? そんな彼が私と戦うのをさも当たり前のように傍観しているのに?」

「あのね、その元凶であるあなたに責められたくはないわ」

「おっとそれは失礼」


 どこかつかめない始祖に、晴嵐は困惑した。

 この少女の外見をした怪物からは敵意も、悪意も感じないせいで、いささか毒が抜かれてしまった。

 彼女を監視していたときは、いつ殺し合いに発展するのかと緊張さえしていたのに。


「話を戻しましょう。あなたの目的は?」

「さて、どうしようかな。君に言うべきか、どうするべきか」

「ふざけないで。あなたの存在は、この大陸に危険をもたらしているのよ。そんな人間がなにかを企んでいるのなら、私は竜として知る義務があるわ」

「私には話す義務はないけどね。というか、危険をもたらすなんて酷いなぁ。私がこの大陸のためにどれだけ辛い思いをしてきたのか知っているくせに、そんなことを言うんだね」

「ええ、言うわよ。私にはその権利があるわ」

「……まあ、あるんだろうね。でも、私だって文句を言う権利はあると思うんだけどね。誰も、こんな世界に呼んでくれなんて頼んだことはなかったよ」

「……そうね、あなたにはこちらの世界を恨む理由はあるわね」


 始祖ユナ・ミハラサキは、強制的にこちらの世界に召喚された。

 その過去を知っている晴嵐は、この世界の人間の傲慢さを知っている。

 ひとりの少女に辛い選択を押し付け、使い潰そうとした人間たち。もうすでにその者たちの国は滅んだが、少女がされたことが消えてなくなるわけではない。


 晴嵐自身はユナの召喚にはまったく関わりがない。

 だが、異世界に召喚されて、戦う以外の選択肢がなかった彼女と幾度となく戦った。

 お互いに仲間を奪い、奪われた関係だった。


「恨んではいるよ。正直、死んでも恨みは消えなかった。でもね、別に君を恨んでいるわけじゃない。君だって私を恨んでいるわけじゃないだろ」

「……そうね。個人を恨むことはしないわ。だって、あのとき、私たちには他に選択肢がなかったから」

「ある意味、竜もかわいそうな存在だね。ま、そんな私たちの事情なんて、現代に生きる人間にはまったく関係ないんだけどね」

「違いないわね」


 晴嵐は苦笑いを浮かべた。

 始祖の言う通り、現代に生きるジャレッドたち人間に、竜の事情なんて関係ない。

 ゆえに、晴嵐の胸は、友人の苦境を見ていることしかできなかったことへの罪悪感で溢れている。


「いいよ」

「え?」

「私の企みを教えてあげる。よく考えれば、私のことを知る、数少ない人だし、知っておいてもらったほうがいいかなって思ったんだ」

「その結果、私が邪魔をするとは思わなかったの?」

「ううん。きっと君は賛成すると思うよ。だって私は―――――」


 始祖ユナ・ミハラサキから発せられた言葉に、晴嵐は絶句した。

 もしも、彼女が言うことが事実であるのなら、やはり自分は見守り続けなければならない。


「……悔しいけど、約束しましょう。私は、いいえ、竜王国は、あなたとジャレッドとの戦いに介入しないわ」

「ふふっ、そう言ってくれると思っていたよ」


 微笑んだ始祖の表情は期待と希望に満ち溢れていた。

 対し、晴嵐の顔は、苦虫を噛み潰したように苦渋に満ちていたのだった。




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