19.クリスタとラーズ1.
クリスタ・オーケンは当てもなく王都を彷徨い、廃教会に行き着いていた。
「……私のせいでオリヴィエ様が……どうしよう、ジャレッド君にどう謝ればいいんだろ」
超常的な力を持ちながら、想い人を脅しの材料にされたせいで、カサンドラ・ハーゲンドルフに従っていた。
その結果、友人から婚約者を奪う結果となってしまったのだ。
カサンドラの企みが失敗に終わったことは遠目から見ていた。
遠い先祖である始祖の復活も、すべてこの目で目にしていた。
始祖にも匹敵すると謳われる力を持つ少女が、あの場に姿を見せなかったのは、ひとえに友人の前に立てなかったから。
なにを言われるのか恐れた。
恨み言を放たれるのか、怒声をぶつけられるのか、それとも怒りに身を任せて襲いかかってくるのか、そのすべてに怯えて動けずにいた。
クリスタの想い人であるラーズも、大切な友人であるジャレッドも、同じく出会った。
兄が普通の生活を願い学園に入れてくれたが、他人とはなにもかも違うため、きっと退屈な日々なると予感していた。
しかし、現実は違った。
二人の友人のおかげで学園生活は楽しく、充実していた。
強いて言うならば、友人二人があまり学園に足を運ばないことくらいだった。しかし、きっかけさえできてしまえば変わることができる。
ジャレッドとラーズを介し、クラスメイトと関わっていき、多くの友人に恵まれた。
「私って最低だ。友達二人を天秤にかけて、ジャレッド君を裏切っちゃった」
しかし、もう二度と二人の友人と学園生活を送ることはないだろう。
それだけのことをしてしまった自覚はある。
クリスタは、信じてもいない神に、祈った。
――お願いです。どうか、ジャレッド君にオリヴィエ様を取り戻させてください!
願いが叶うなら、どんな代償だって払う。
もし時を戻せるのなら、この結果を知っていたら、絶対に違う選択をしていた。
涙を流して後悔する少女の耳、誰かの足とが近づいてきた。
廃教会に足を踏み入れる物好きはいないと思っていた。
誰だろうと泣いているところを見られたくなかった少女は、気配を消そうとして、驚きやめた。
「――よかった。ようやく見つけたぞ、クリスタ」
そこには、会いたかった少年がいた。
学園に入学してから共にいた二人の友人のひとり。
大切な友達であると同時に、初めて恋心を抱いた相手。
ラーズ――いいや違う、ラルフ・W・フェアリーガー。
このウェザード王国第一王子だった。
「どうして?」
「ふっ、喜んでくれていいのだぞ。私に新しい友ができたのだ。名を、プファイルと言って、元暗殺組織の人間ではあるが、気のいい人物だ」
「……もしかして」
「うむ。クリスタを見つけてくれたのも、この場への護衛もすべてその者が請け負ってくれた。感謝してもしきれないな」
廃教会の外に、佇む気配を感じとった。
感じたことのある気配はプファイルのものだろう。
「どうして」
「ジャレッドがあの者に頼んでくれたのだ。クリスタが苦しんでいる、と」
「……うそ」
己の耳を疑った。
この場にラーズが来てくれたのも信じられないが、そのきっかけがジャレッドだなんていっそう理解できない。
あれだけのことをした自分を気にかける理由など、まるでないのだから。
「おおよその話はプファイルから聞いた。我が心の友は辛い思いをしたのだが。その場にいなかったことが悔やまれる」
ラーズが知ったのは、すべてが終わったあとだった。
「クリスタが苦しんでいたときにも私はそばにいられなかった。なにが友だ……私は自分がこれほど役立たずだと思ったことはない。すまなかった」
「……ラーズ君が謝る必要なんてっ、全部っ、私がっ、悪かったのぉっ」
ついに堪えられなくて涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
ラーズはクリスタのそばに膝をつき、そっと抱きしめてくれた。
「私はそなたの力になるためにきた。友のために――いいや、違う。今は取り繕うのをやめよう。大切に思っているクリスタのために、ここにきたのだ」
「……ありがとう、ラーズ君」
「私はずっとクリスタを支えたい。ずっとそばにいてほしい。このようなときに、こんなことを言うのは卑怯かもしれないが――私はクリスタ・オーケンのことを愛している。どうか、結婚してほしい」




