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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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18.最後の修行2.




「覚悟の上です」

「でしょうね。だから、こんなところに呼び出したんだもんね」


 はぁ、とアルメイダが嘆息する。

 すでにジャレッドの覚悟は決まっていた。

 少年が求める最後の修行には大きなリスクが伴う。その上で、必要としているのだ。


 ――そのリスクとは、今、ジャレッドが使える魔術の喪失。


 二度と、今まで使ってきた魔術を使えないのだ。


「最後の修行、か。間違っていないわね。もしあなたがあの魔術を取得すれば、二度と他の魔術は使えなくなるわよ?」

「承知しています」

「もしかしたら、宮廷魔術師の話だってなかったことにされる可能性があるのもわかるわね?」

「わかっています」

「すべて理解した上で、あの魔術がほしいのね?」

「はい――俺に、大地属性最強の魔術を手に入れるチャンスをください」


 ジャレッドは再び、アルメイダに向けて深く頭をさげた。そして、彼女から返ってきたのは、何度目になるかわからない嘆息だ。


「はぁぁぁぁ。ジャレッドが私の書物庫で強いだけの魔術を探し漁っていたときに、いつかこんな日が来ると思っていたわ」


 どこか諦めたような、困ったような師の声が聞こえる。


「言っておくけどね、必ず取得できるほど簡単な魔術じゃないわよ。それでも、魔術の喪失は必ず起きるわ。いいわね」

「じゃあ!」


 弾かれたように顔をあげた少年に、少女は頷いた。


「いいわ。あなたの覚悟が本当に決まっているのなら、最強の大地属性魔術を授けましょう」




 ※




 ――最強の大地属性魔術。


 それを見つけたのは、ジャレッドがまだアルメイダのもとで修行しているときだった。

 兄貴分のルザー・フィッシャーと生き別れ、自分を売った家族への復讐をのぞみ、力を求め続けていたころだ。


 簡単に手に入るものではないとわかっていた。その証拠に、文献を読んでいたのを見つかりアルメイダに叱られたとき、彼女は言った。


「今の時代にこんな魔術を覚えたら人生を棒にふるわ」


 と。

 当時はその意味がわからなかった。しかし、今ならわかる。

 ジャレッドはこれから全ての魔術を喪失する。石化魔術も、身体能力強化魔術も、大地属性魔術も、すべてだ。


 代わりに手に入るのは、始祖が生きていた時代に終わりのない戦闘のために編み出された奥義であり、禁術である。

 無論、現代にその魔術は伝わっていない。伝える必要がないと当時の人間たちが判断し、記録を残さなかった。

 アルメイダが持っていた書物は、偶然消失を免れたものであり、本来は誰の目に届くことなく消え去る運命だった。


「準備はいい?」

「いつでも」


 草原に立つ、ジャレッドを中心に幾重にも展開されている魔法陣が光る。


「まず、あなたの中にいる精霊との契約を終わらせるわ。これで、あなたの力は完全にすべて使えるようになる。わかっていないでしょうけど、この時点で私やワハシュくんを除けば、ジャレッドに勝てる人間はそうそういないでしょう」

「でも、始祖には届きません」

「……そうね。届かないでしょうね」


 たとえ精霊との契約を終わらせなかったとしても、力は常に全力だった。魔力はすべて解放されていて、ただ消費に枷があっただけ。

 魔力の威力や効率は上がるかもしれないが、劇的に強くなったわけではない。

 もっとも、現時点でジャレッドはこの国で上から数えた方が早い強さを持っている。

 しかし、始祖はまだ上だ。


「本当のことを言うとね。こんな魔術を覚えて欲しくないわ」

「師匠。でも」

「ううん。反対しているわけじゃないの。でも、せっかくの才能を、今まで培ったものを捨てるのは惜しいのよ。それ以上に、この後のジャレッドはただひとつだけの魔術をどう使うかを考えるだけ。面白みもなにもない、ただ戦闘技術だけを磨くだけの魔術師になるわ。あなたには向いていないと思うの」


 アルメイダは弟子の未来を憂う。

 お人好しとも言える愛弟子が、戦うだけの魔術しか使えなくなることは望んでいない。また、魔術師の視点に立っても、つまらない魔術しか使えないことは面白味がない。


 ゆえに、アルメイダは最強の大地属性魔術を知っていても、取得していない。する必要がない魔術だと判断したのだ。

 そんな魔術を愛弟子が求めている事実がやりきれない。そうまでしないと戦えない始祖。かつて自分の仕えていた国の建国者。変われるものなら自分が変わって戦ってあげたい。しかし、ハーフエルフのアルメイダではどうあがいても始祖には勝てない。そういう風に決まっている。


「……ごめんね。ジャレッドの才能を私が殺さなくちゃならないことに、躊躇いがあるみたい。でも、必ずやりきってみせるわ」


 たった数年で素晴らしい魔術師になった少年は、なにを思うのか。

 すべてを捨ててでも、戦おうとする理由は――きっとオリヴィエ・アルウェイ。

 そうまでして誰かを愛することのできるジャレッドを、アルメイダは少しだけ羨ましいと思った。


「じゃあ、はじめましょう。今までの魔術と、才能にさよならしましょうね」





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