15.ジャレッドとカサンドラ3.
「はっ――大きなお世話だって言ってやる」
「無謀よ。戦って勝てるわけないわ。相手はあの始祖なのよ!」
「あんた、前提が間違ってるって気づいているか?」
「……なにを言って」
ジャレッドには勝つだとか負けるだとか関係ない。
「俺はオリヴィエさまを取り戻すために戦わなくちゃならないんだ。他に選択肢はない」
カサンドラは絶句した。目の前の少年には、理屈が通じない。感情論だけで始祖と戦おうとしているのだとわかったからだ。
「だいたいさ、あんた間違ってるよ」
「わたくしが?」
「ぶっちゃけあんた間違いだらけだけどさ、始祖解き放ったんだからなんとかしようって気概を少しでも見せてみろよ。勝つとか負けるとかの前にさ、無責任なことするんじゃねえよってことだよ」
それだけ言うと、ジャレッドは椅子から立ち上がった。
「もうあんたと話す必要はなさそうだ。もういい、好きにしろ」
本来ならオリヴィエを取り戻すために必要な情報を得たかったが、少年はカサンドラから話を聞いても無駄だと判断したのだ。
カサンドラ・ハーゲンドルフは自分がしでかしたことの責任を取るつもりも、これから来たる脅威へ挑む気力もなにも見られない。
そんな人間に割く時間はなかった。
「わたくしをどうするの?」
「もう、あんたなんてどうでもいい。勝手に好きに生きればいい。始祖のもとにいって自分の人生を嘆くでも、愛してくれる人とちゃんと話をするでも好きにしろ」
そう言い残してジャレッドは彼女を置いて一人去る。
取り残されたカサンドラは少年の背中を見送っていたが、力なく項垂れてしまう。好きにしろと言われても、なにをすればいいのかわからない。
あれだけ望んだ始祖復活と、始祖を元の世界に帰還させることも、今は驚くほど考えられない。もしかしたら、自分も今まで幾人もいたように始祖復活のために駒にされていただけかもしれないと考えてしまう。
だが、もしそうだとしたら――なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだと体が震える。
オリヴィエを犠牲にしたことに罪悪感はあった。妹のような存在だ。当たり前だ。だが、それでも必要ならばしかたがないと思っていた。それが正しいことだと信じて疑っていなかった。
しかし、今はどうだ。
――やり直せるならやり直したいわ。ごめんなさい、オリヴィエ。
カサンドラの心には後悔の念しかない。
「……わたくしは、なんてことを」
もう遅い。どれだけ後悔しても、悔やんでも、取り返しのつかないことをしてしまった。オリヴィエ本人にはもちろん、ジャレッドにも、いや巻き込んでしまったみんなに合わせる顔がない。
「わたくしはどうすれば……なにをどうすればいいの? 誰か、教えて」
無論、誰一人として返事をくれる人間はここにいない。
後悔と恐怖で体が震える。なにをすれば許されるのか必死で考える。もう遅い、今更だ、という声が聞こえた。その通りだ。本当に今更だ。
間違いなくオリヴィエを失った家族は自分を許さないだろう。あのとき、始祖に言われ自分を殺そうとしたジャレッドの明確な殺意を思い出しただけで吐き気が込み上がってくる。
あのときよりも、怖い。今は見逃してもらっているが、いつ彼の気が変わって殺意と暴力によって殺されてしまうのかと思うと、震えが止まらない。
「誰か助けて、わたくしを助けて……オリヴィエ、わたくしを許して」
気付けばボロボロと涙をこぼしていた。
助けを乞う資格なんてないと承知しながらも、誰かに助けられたかった。身勝手だとわかっていても、許されたかった。
長年、孤独に戦い続けていたカサンドラの心は、ついに折れたのだった。




