12.ジャレッド対始祖2.
「ぶはっ……い、痛い、ああ、久しぶりだ、これが痛みだ。ふ、ふふふ、ふあはははははは」
数歩後退した始祖は自分の顔を抑えて、笑い始めた。
「……お前、気持ち悪いな。殴られて笑う奴とは、仲良くしたくない」
「つれないねぇ。でも、まさか婚約者の顔を殴るとは思っていなかったよ。まさか、オリヴィエに思うところでもあったのかい?」
手首を振りながらジャレッドは立ち上がった。
「ないよ。ただ、オリヴィエさまを取り戻せないなら、お前を殺す。そのあとに、カサンドラ・ハーゲンドルフも殺してやるから安心しろ。あと」
「あと?」
「お前の話は面倒だ」
「――ぷっ、ぷふはっ、あははははははっ、あははははははははははっ!」
始祖は腹を抱えて転げ回る。なにがそんなに面白いのか大爆笑だ。
「あー、はーっ、はーっ、ジャレッドって最高だね。うん。やっぱり気に入った」
「なに?」
「私がオリヴィエの体を使っているせいもきっとあるんだろうけどさ、私は君が好きだ」
「迷惑だ」
「素っ気ないなぁ。まあ、聞いてよ。君は今、ベストコンディションじゃない。私も滅ぼしてしまう前にこの国を見てみたい。だから、時間をあげよう。僕を倒したいなら、かかってくればいい。そこのカサンドラの想い人でも、私の子孫でも、君の仲間でも、竜だって。何人連れてきても構わないよ」
両手を大きく広げて、始祖はすべてを受け入れるように宣言した。
「君と戦うまで、この国にはなにもしない。誓おう。遠い故郷の両親に誓って!」
「……そりゃどうも。ひとつ教えてくれ」
「なんでも言ってごらん?」
「お前をオリヴィエさまから追い出す方法は?」
「他の器を用意するんだね」
「……なるほど、そりゃ無理だ」
「私からもひとつだけ質問をいいかな?」
「なんだよ?」
「オリヴィエを失い、ずっと泣き叫んでいたはずの君が急変した理由は?」
ジャレッドはすぐに返事をしなかった。
一度だけ、デニスを抱きかかえて涙を流すカサンドラを見てから、
「俺はオリヴィエさまを取り戻すことを諦めたわけじゃない。だけど、もしも無理なら」
「無理なら?」
「あの人が言い残したように、お前を殺してから、俺も死ぬ。もう泣くのも喚くのもやめた。それだけだ」
「ふーん。そういうことにしておこうかな」
興味を失ったのか、始祖はそれだけ言うとジャレッドから視線を外す。そして、カサンドラに近づいた。
「し、始祖様」
「君は実に愚かだな。涙するほど大事な人がいるのに、なぜそっちを優先しない? 先祖の願いなんて無視すればいいんじゃないか、どうして幸せになろうとしなかった?」
「それは」
「愛する人がいて、愛してくれる人がいるなら、君は私なんて復活させなくても幸せになれたはずだ。子供を産み、愛を育み、老いて、死ねたはずだ。どこかで馬鹿な考えを捨てることはできなかったのかい?」
カサンドラはなにひとつ答えることはできなかった。その理由は彼女しかわからない。
返事を求めたわけではなかったのか、始祖はそれ以上のことを言わずに踵を返す。
「お待ちください、始祖様!」
そんな彼女にまったをかけたのは、ラスムスだ。
「なんだい?」
「どこへ行くというのですか?」
「……君には関係ないと言いたいけど、まあいいかな。この国をぶらりとね。一週間ほどで帰ってくるよ。ジャレッド、その時また会おう。話し合ってもいいし、殺しあってもいい。楽しみにしているよ」
それだけ言うと、再び足を進めていく。
一度だけ、少年の肩を叩くと始祖はアルウェイ公爵家別宅から出ていく。
ジャレッドはオリヴィエの体がそのまま使われることに待ったをかけたかったが、この場で戦っても勝機がないと判断したのか、唇を噛んで見送った。
始祖の姿が見えなくなり、誰かが大きな吐息を吐いた。
「おい、カサンドラ・ハーゲンドルフ。俺はお前に話がある」
未だデニスを抱きしめて泣く女性に、淡々とした声をかけ、首で屋敷の中に来いと告げたのだった。




