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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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7.始祖復活4.




 ジャレッドは何を言われたのか理解ができなかった。


「……何を、言ってるんだ? こいつは、あんたを蘇らせたんだぞ?」

「そうだね。でも、それ以上に、失った家族のことを、故郷のことを思い出させたんだ。許せることじゃないよ。私は、この怒りをどうしようか迷っている。君が晴らしてくれればそれで終わりにしよう。オリヴィエも解放する。でも、やってくれないなら、そうだね、この国で暴れようか?」

「聞くなジャレッドくん! 聞いたら駄目だ!」

「静かにしてほしいな、ラスムス。今は、私とこの子の話なんだから」

「いいえ、黙りません! いいかい、ジャレッドくん。君がカサンドラに思うことがあるのはわかる。それを承知で頼む。やめてくれ!」


 ラスムスはジャレッドに懇願した。彼の目的はカサンドラを救うことだった。しかし、実際は、彼女は自分を犠牲にするのではなく、オリヴィエを犠牲にしたのだ。ジャレッドの怒りは手に取るようにわかる。いや、きっとわかる以上の感情を持て余しているのだろう。だが、それを承知しながら、願う。


「お願いだ、カサンドラを傷つけないでくれ! 君の怒りはもっともだ。カサンドラを許せないだろう。僕だってオリヴィエが犠牲になるなんて思わなかった。僕の間違いだった。罰するなら僕にしてくれ」

「……ラスムス様」

「頼む、ジャレッド君。お願いだ。始祖の言葉に惑わされないでくれ。始祖がオリヴィエを解放する保証なんてない! 口でならなんとでも言えるんだ!」

「失礼だな、子孫よ。私が約束を違えるだと? こちらの世界に喚ばれてから、私は一度も約束を違えたことはない。どんなことをしても約束は守ってきた。反故にされたのは、こっちだっていうのに。地球に返してくれると約束したのに、守られなかったんだよ」


 始祖は生前のことを言うが、それが本当とは限らない。保証はなにもない。ジャレッドが真実か、信じないかは彼自身の問題となる。ゆえに、ラスムスは必死に叫ぶ。


「いいかい、ジャレッド君。よく考えるんだ。カサンドラは間違いを犯した。それは間違いない。だからって命を奪わないでくれ。やり直すチャンスをくれ! 誰だって過ちは犯す。それを死んで償えなどとあんまりじゃないか」

「……じゃあ、オリヴィエさまはどうなる? このままじゃもう、やり直すことだってできないんじゃないか。違う、違う! そもそもオリヴィエさまはなにも間違っていない! なのに、あの女に犠牲にされたんだ!」

「すまない。心から謝罪する。カサンドラにも償わせる。だから、許してくれ。お願いだ、始祖に屈しないでくれ。どうか、頼む!」


 ラスムスの言葉はジャレッドに届いただろう。彼はずっとカサンドラを救うために行動していた。だからこそ、ここで始祖の誘惑に負けてジャレッドに命を奪われるわけにはいかないのだ。

 きっとジャレッドがカサンドラを殺す選択肢を取れば、阻止しようとするラスムスを始祖は阻むだろう。この場に妹が、クリスタがいてくれればジャレッドを止めてくれたかもしれないが、いない。


「――っ、そうだ、イェニーくん! 頼む、彼を止めてくれ! 僕の声が届かなくても、君の声なら」

「……わ、わたくしは……」


 離れた場所で、呆然と事の成り行きを見守っていたイェニーに助けを求めるが、オリヴィエを失ったショックから立ち直れていない少女の動きは鈍い。

 どうすれば彼を止められるのか、カサンドラを奪われずにすむのか必死に考える。だが、答えが見つからない。そうこうしているうちに、ついに、ジャレッドが静かに動き始めた。


「……ジャレッド君、頼む」

「俺は……俺は……」


 おもむろに立ち上がった少年には、次の瞬間莫大な魔力をその身から解き放った。あれほどの魔力を宿していたとは、ラスムスだけではなく、カサンドラも驚き目を見開く。始祖は、感心したように目を細めた。

 吹き荒れる魔力が収束され、すべてジャレッドに収まっていく。身体能力強化を最大限に行ったのだと考える間も無くわかった。


「……ラスムス」

「ジャレッド君、考え直してくれ。頼む、どうか!」

「俺はオリヴィエさまを取り戻せるなら、なんでもするよ」

「ジャレッド君!」

「カサンドラ・ハーゲンドルフは許せない。許せるはずがない。あいつを殺して、オリヴィエさまが戻ってくるのなら……」

「待ってくれ、落ち着いてくれ……君は正気じゃない、愛しい人を失って我を忘れているだけだ!」





「……あの人のためなら、俺はカサンドラ・ハーゲンドルフを喜んで殺してやる」





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