表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

467/499

6.始祖復活3.




 カサンドラ・ハーゲンドルフは己の失態を悟った。


 すべて始祖が復活すれば解決すると思っていた。愛する人が先祖を手にかけないように。愛しい母と先祖が願った悲願を叶えるために。始祖さえ蘇ってくれたら、すべての憂いがなくなると信じて疑ってなかった。


 そのためになんでもした。口では言えない悪どいことも繰り返した。愛する人を切り捨て、味方を減らし、幼馴染みさえ犠牲にした。その結果が、これだ。

 始祖を元の世界に帰すことだけを考え、帰したあとのことを考えなかった。始祖がなにを思うかなど考慮しなかった。自分の悲願さえ叶えればそれでいいと思っていたのだ。


 だって、それしかなかったから。


 公爵家に産まれながら、身分が低いことを理由に虐げられた。愛情は受けて育ったが、カサンドラには誰かに見下されたくない、馬鹿にされたくない、舐められたくない、見返したいという感情が宿ったのだ。

 偉大な始祖を復活させれば、先祖の悲願を成し遂げれば、みんなが認めてくれる。褒めてくれる。感謝してくれる。そう信じて疑わなかった。


「始祖様……どうか、落ち着いてください」


 彼女の足にすがりつき、願うも、返ってきたのは怒声だ。


「落ち着けるわけがないじゃない! あなたの悲願は無駄に終わったわ。じゃあ、次はなにをするというの? 私はなにと戦えばいい? 元の世界に戻れない私に、なにを望むの!?」


 口調も変わってしまった。これがきっと、始祖ユナ・ミハラサキの真の姿なのだろう。


「答えてよっ、カサンドラ・ハーゲンドルフ!」


 ついには首を絞められ、呼吸が止まってしまう。酸素を求め、口を大きく開くカサンドラ。抵抗することも忘れ、己の失策に落胆していた。母に、先祖に申し訳がない。こんな中途半端なことをしてごめんなさい。なによりも、犠牲にしてしまったオリヴィエに謝罪したかった。


「もう、おやめください、始祖様!」


 感情のまま憤る始祖を鎮めようとしたのはラスムスだった。彼は妹同然に育てたカサンドラが始祖に絞め殺されるのを避けるため、行動したのだ。


「一度しか言わないわ。離して」

「できません。カサンドラは僕にとって大事な子です。あなたの怒りも理解できます。配慮も、考慮も足りなかったでしょう。ですが、どうか、落ち着いてください」


 返事の代わりに、ラスムスは殴り飛ばされた。その甲斐あって、絞められていたカサンドラが解放され、咳き込み地面に崩れ落ちる。


「ああっ、もうっ! あなたたちってなんなのよ! 私を蘇らせたのに、意味がわからないことばかり言って! 私になにをさせたいの!?」

「……することがないなら、その身体を返せよ」


 その時、つぶやきに近かったはずなのに、ジャレッドの声がその場の誰の耳にも届いた。少年は、静かに立ち上がり、怒りの宿した瞳を始祖とカサンドラに向けた。


「君は、ジャレッド・マーフィーね。私の器になった子の婚約者。すごく怒ってるのね」

「できることなら殺してやりたいくらいな。俺の大切な人の体を弄びやがって……覚悟はできてるんだろうな?」

「やめなさい。私は君にひどいことをしたくないの。オリヴィエの感情は私に伝わっているわ。きっと怒るだろうけど、私にも君が愛しく思えるの」

「戯言を言うなっ!」


 感情に任せて地面を蹴ったジャレッドは、体内魔力を循環させて爆発的な攻撃力を生み出す。すべての力を拳に集中させて、一切の躊躇いなく重い一撃を放った。


「……意外だ。オリヴィエの記憶では、君は甘く優しいようだから婚約者の身体を傷つけられないと思っていたよ」


 しかし、渾身の一撃は簡単に始祖に腕ごと掴まれてしまう。それだけではない、彼女がなにをしたのかわからないが、込められた魔力が霧散してしまった。


「できることなら傷つけたくない。だけど、オリヴィエさまは自分ごと殺せと言った。俺に、解放する手段がないのなら、彼女の願い通りにするさ。そして、お前を殺したら俺も死んでやる」

「死を恐れない人間は怖いね。ううん、違うね。愛しい人を失った人間は怖い、か」

「黙れ!」


 一度だけでもいいから目の前の女を殴りたい。始祖の姿をしていなくても、オリヴィエの顔だろうと、婚約者と眼前の人物が別人であることくらいわかるので躊躇いなどない。しかし、腕が動かない。微動だにしない。まるで鉛でもくくりつけられたと錯覚するほど、重いのだ。


「君の気持ちはわかるよ。だって、私もこっちの世界に来るときに家族を、友人をみんな失ったんだ。君と一緒だよ、ジャレッド」

「違う! 同じなわけないだろ!」

「同じさ。君と私は同類だ。だから、私をそんな目で見ないでほしい。確かに、子孫のために復活を望んだよ。でも、オリヴィエの体を奪ったのは私じゃない。そこにいるカサンドラだ。私が君の婚約者をよこせと言ったんじゃない」


 そう言って、吐息が触れる距離まで顔を近づけると、始祖はオリヴィエの姿からユナ・ミハラサキとしての姿に変わる。


「このほうが君にストレスを与えなくていいだろう? 私なりの気遣いだよ。お願いだ、どうかあまり敵意をむき出しにしないでほしい」

「頼む、オリヴィエさまを返してくれ。なんでもするから。あんたの言うことに服従する。足を舐めたっていい。死ねというなら喜んで死ぬ。だから頼むよ」


 腕を掴まれたまま、ついにジャレッドは崩れ落ち懇願する。戦うことさえ満足にできない彼にとって、唯一、今できることだった。


「君に悲しい思いをさせたくないよ。でも、ごめんね、オリヴィエの体を解放することは今の私にはできないんだ」

「今の?」

「そう、今の私にはできない。魂が定着していない今なら自由に彼女の体を解放することができる。だけど、そんなことをしてしまえば、私の魂はどうなってしまう? 簡単だよ、消滅だ。それは私も望まない」


 始祖は、地面に膝をつき、ジャレッドと目の高さを合わせ微笑んだ。


「復活してでも守ろうとした民はもういない。家族もなにも残っていない。あれだけ復活したかったのに、いざしてみれば孤独しかない。実に悲しいよ。子孫にいたっては、私を復活させただけ。願いすらない。正直、困惑を通り越して、憤りさえ覚えているんだ」


 親が子にするように、少年の黒髪を手のひらで撫で始める始祖の意図はわからない。カサンドラに激昂しながら、なぜ自分には優しいのかさえ、予想できないのだ。


「……そうだ、ひとつだけ君にチャンスをあげるよ」

「チャンス?」

「うん。心を痛めている君を見ているのはとても忍びない。だから、君が私の望みを叶えてくれたら、オリヴィエを解放しよう。結果、私の魂が消滅しても構わない」

「なにを望む? 俺にできることならなんでも言ってくれ!」

「そう言ってくれると思ってたよ。とても簡単なことだから、ジャレッドならすぐにできるよ」

「ああ、ああ、やってみせる、だからオリヴィエさまを」




「うんうん、約束するよ。じゃあ、さっそくだけど――カサンドラ・ハーゲンドルフを殺してほしいんだ」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ