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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
十章

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2.奪還2.




 オリヴィエを抱きかかえたジャレッドは、屋敷の外に停めてあった馬車の上に音を立てて着地すると、もう一度足に力を入れて、さらに地面へと降りた。


「このまま逃げますよ、オリヴィエさま」

「え? でも」

「相手にするだけ無駄です」


 それ以上、婚約者の言葉を聞くことなく、少年は走った。

 目指すは家族たちが集う屋敷である。あそこに戻れれば、外敵から身を守るのに一番だと判断した。


「……できれば一度、ラスムスと話をしたいんだけどな」


 そんなことを呟きながら、ジャレッドは走り続けたのだった。




 ※




「追いますか?」


 ジャレッドとオリヴィエが尋常ではない早さで駆けていく姿を見送るカサンドラ・ハーゲンドルフに、クリスタ・オーケンが背後からそっと声をかけた。


「ふふ、あなたが彼を止めてくださればこんな事態にはならなかったでしょうに」

「……これ以上、友達を裏切ることはできません」

「貴方はおもしろい子ですね。滅びた国の末裔、長年を生きる秘術を持ち、戦えばジャレッド・マーフィーなど相手にならないほど実力を持ちながら、友と呼ぶとですね」

「ジャレッドくんだけじゃありません。ラウレンツくんも、ラーズくんも」

「この間まで、マーフィーくん、ヘリングくんと家名で呼んでいたのに、ずいぶんと親しくなったのですね。当初は距離を置いて付き合っていたはずなのに、恋をすれば女は変わるといいますが、貴方も例外ではないのですね」

「カサンドラさまだって、恋をしているからこんな馬鹿げたことをしているんでしょう?」


 馬鹿げたことと言われながらカサンドラは少女を睨むことはなかった。ジャレッドに散々始祖復活を馬鹿にされたときは激昂したにもかかわらず、だ。


「貴方のお兄様のラスムス様のことを言っているのなら、違います。心からお慕いしていますし、愛してもいます。ですが、わたくしが異性として愛したのはたった一人だけですわ」

「その人を放っても始祖復活はしなきゃいけないことなんですか!?」

「いけないことですわ! ええ、いけません! わたくしは、公爵家に産まれながら、決していい扱いを受けませんでした。気にしたことがないとはいいません、ですが、それでもよかった。愛してくれる父と母がいましたから。でも、母が亡くなり、母を侮辱する人間の悪意に殺されそうになっていたとき、わたくしは己の血に流れるものを知りました」


 それは始祖に仕えた巫女の子孫だということ。


「ラスムス様はわたくしを育ててくれました。慈しみと愛情を持って、わたくしにとってあの方は、兄であり、もうひとりの父であり、大切な家族です。貴方のことだって同じように思っているのですよ。今だって、脅す形で利用していることに心から申し訳なく感じていますわ」

「……どの口がっ」


 クリスタの鋭い瞳を受け止めながら、それでもカサンドラは微笑み続ける。


「本当ですわ。覚えているでしょう。貴方と一緒にベッドで寝たことも、お風呂に入ったこともありましたわよね。わたくしが幼い頃は姉として、愛してくださったじゃありませんか」


 ラスムスがカサンドラと出会い、彼女に流れる始祖の巫女の血のことを伝え、魔術師として巫女として鍛えだした頃、クリスタも兄と同じように会っていた。それだけではない。ときには姉として、外見年齢を超えられると妹として、ときには友として二人は一緒にいた。

 時間こそ長く共有することはなかったが、密度の濃い時間を過ごしていた。


「そんなこともありましたね」

「もう過去のことだというのですか? かつてのような口調で話してくれないのも、わたくしにお怒りだからですか?」

「だって、あなたはラーズくんを!」


 クリスタの失敗は、姉妹同然に育った公爵にはじめて恋をしたことを語ってしまったこと。だが、まさか想い人を人質にするような子だったとは夢にも思っていなかったので無理はない。過去に戻れるのなら、当時の自分を殺してでも阻止したい迂闊な出来事だった。


「誤解ですわ。わたくしに現王家をどうこうしようなどという意思はありません。ですが、始祖がどう思うかは別ですといったのです。仮に、始祖がこの国を滅ぼせと言ったのなら、わたくしは巫女として止めるべきか、喜んでその命を実行すべきか。しかし、王子様だけは助けましょう。そう約束しましたから」

「それを脅しと言うのよ!」

「違います。わたくしは約束をしたのです。貴方がわたくしを手伝ってくれれば何があっても王子の命は助ける努力をする、と。約束を違えることは絶対にしませんわ」


 カサンドラはそう言うが、言われた側からすれば脅しだ。復活した始祖がなにを思い、どう行動するのかわからない以上、クリスタには選択肢はなかった。


「久しぶりに貴方とたくさんお話ができてよかったですが、わたくしはそろそろ始祖様を迎えに行かなければならないのです」

「始祖を?」

「ええ。もう少しだけ、お付き合いください、クリスタ。それとも昔のようにお姉ちゃんと呼びましょうか?」

「好きにして。それで、どこへ迎えにいくのよ?」


「無論、オリヴィエ・アルウェイの住まう屋敷ですわ」




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