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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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46.カサンドラ・ハーゲンドルフの目的2.




 オリヴィエは、カサンドラ・ハーゲンドルフの放った言葉の意味を理解できなかった。


「……いったいなにを、カサンドラ様、どういうことですか? 始祖を、元の世界に返すとは?」


 なんとか聞き返すことができた。それだけで自分のことを褒めたい衝動に駆られる。


「きっとラスムス様たちから、始祖がこことは違う別の世界の人間だったということは聞いたわよね?」

「え、ええ。聞きましたが」

「始祖様は、ずっと元の世界【地球】に帰りたがっていたそうよ。無理もないわ。いきなり見知らぬ世界に連れてこられたのよ。喜ぶような人間がいたら、異常者よ」

「それはそうでしょうけど、だからって」


 ラスムスから始祖ユナ・ミハラサキが別世界の人間であることは知っていた。一国の王になるまでに幾度となく戦いをはじめとする辛い出来事があったはずだ。同じことをしろと言われれば、断固拒否するだろう。


 そんな始祖が故郷に帰りたがっていたと聞かされれば、理解はできる。誰だって家族の待つ、生まれ故郷に帰りたいはずだ。

 だからといって、別世界を渡ることなどそうそうできるものではない。そもそも、あるかどうかもわからない世界とこちらの世界をどうやって繋ぐというのだ。


「わたくしの先祖は始祖様にお仕えする巫女の中でも、最も親しい方だったそうよ。それこそ、親友といっても過言ではないほどね。母が残していた文献から、たくさんのことを知ったわ。始祖様の苦しみと、親友なのになにもしてあげられない悔しさ。楽しいこともたくさんあったようだけど、苦しく辛いことも数えきれなかったそうよ」

「敵が多いと聞きました。とくに人間以外の敵が」

「そうね。わたくしは文献でしか当時を知らないけど、嫌になる程戦いばかりだったそうよ。でも、始祖様のおかげで人間が勝った。今、この大陸には竜と、わずかなハーフしかいない。今の人間社会があるのはすべて始祖様のおかげといっても過言ではないわ!」

「だからといって、始祖を復活させていい理由にはなりません! また戦争が始まったらどう責任を取るつもりなのですか!」

「なにを言っているの、オリヴィエ。戦争になんてなるはずがないわ。ふふ、もしも始祖様が、現代の人間や竜と戦うと決めたら、戦争ではなく一方的な殺戮よ。どうしてわたくしたちがあの偉大な始祖様に抵抗できるというの?」

「……カサンドラ様」


 会ったことなどないはずの始祖への入れ込みようを見て、オリヴィエはカサンドラがもう取り返しのつかないところまで行ってしまったのかもしれないと怖くなる。


「あなたは、この国を滅ぼすことを良しとするのですか?」

「いいえ、できることなら滅んでなど欲しくないわ。でも、始祖様がそう願うなら、わたくしは巫女の末裔として、従いますわ。それが、わたくしの存在理由なのですからね」

「存在理由だなんて。あなたには、他にも生きている理由があるはずです」

「そう、かもしれないわね。あなたもいるし、ラスムス様だって。知っているかしら、今ね、わたくしとお兄様は本当の兄弟のように仲がいいの。でも、そのすべてを犠牲にしてでも、わたくしは始祖様を復活させて、元の世界にお還してさしあげるのよ!」

「なぜ、そこまで?」

「だって、そうすればラスムス様が喜んでくれるでしょう? 自分の先祖を殺すために、長い時間を彷徨っているあの方を助けてあげられるわ」

「……カサンドラ様は、ラスムスのために?」


 ようやく、合点がいった気がした。


「それだけじゃないわ。亡き母が生まれが卑しくないと証明するため。そして、先祖の悲願を叶えるため! わたくしは、現代の始祖様の巫女として務めを果たすまでよ!」


 母を失い孤独になった少女は、ひとりの少年が哀れんで教えてくれた一族の秘密を知った。伝説的存在の始祖に仕えた巫女の末裔。それは彼女の支えとなっただろう。次第に、彼女は先祖のことを知っていく。次第に、思うのだ。先祖の悲願を叶えよう。別世界から喚ばれこの世界に殉じた異世界人のために、元の世界に返してあげよう。

 きっとみんなが褒めてくれる。大切な人が喜んでくれる。母を馬鹿にした人が後悔してくれる。



 そのためなら、たとえ妹同然に思っている幼なじみを犠牲にしても構わない。



「オリヴィエ、あなたにだけは心から謝罪しますわ。あなたを犠牲にした罪は、すべてが終わったあとに死んで償います」

「わたくしはそんなことなど望んでいません! 犠牲になどされたくない、カサンドラ様にも償って欲しくはないの! わたくしたちと、みんなで一緒に考えましょう。どうすれば、最善の答えが出せるのかを!」

「きっと十年前にその言葉を聞けたなら違った結末が待っていたかもしれないわね。でも、ごめんなさい。わたくしはもう止まらない。誰にも止められないわ」

「ジャレッドがいます」


 オリヴィエ・アルウェイはカサンドラ・ハーゲンドルフの目を見てはっきりと言い放った。


「ふふふ、まさかあなたのかわいい婚約者がわたくしを止めるとでもいうの?」

「もちろんです。ジャレッドはいつだって戦って勝利してきました。きっとあなたのことも倒します」


 今まで自分のことを助け続けてくれた、愛する人がいる。それだけで、恐怖心がなくなり、心は穏やかでいられた。

 いつだって守ってくれたように、きっと今回だって彼はきてくれる。世界の果てにいたとしても、それこそ別世界にいたとしても。



 ――だからわたくしはなにも怖くない!



「あら怖いわ。でも、わたくしは倒されるようなことをしていないわ。今は、だけどね。じゃあ、質問よ。ここにジャレッド・マーフィーが駆けつけるのと、始祖があなたの体を使って復活するのは、どちらが早いかしら」











「そりゃもちろん、俺が駆けつける方に決まってるだろ!」










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