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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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45.カサンドラ・ハーゲンドルフの目的1.




「正直言って、カサンドラ様に裏切られていたのはショックでした。ですが、わたくしを始祖の生贄にできないことは、先ほどお伝えした通りです」

「ふ――ふふっ、うふふっ。ええ、そうね、きっと本来ならそれでわたくしの悲願は潰えていたでしょう。でもね、そうはわならないの」

「どういう意味ですか、あなたはまだなにかを」

「オリヴィエのいう竜が施した封印ね、わたくしに視えているわ。素晴らしい技術ね。さすが竜と言ったところかしら。でも、それだけ。あなたの封印はあくまでも力を封じられたオリヴィエに施されているだけ。ならば、わたくしが封じた力を解放してあげればいいの。それだけで、あなたの封印はすべて解除されるわ」


 オリヴィエには理解できなかったが、カサンドラの目には施された術式が見えるらしい。見えた上で、問題ないと判断したのだ。

 咄嗟に、オリヴィエはソファーから立ち上がり、幼なじみに背を向けた。


 婚約者の足手まといになるだけではなく、始祖の生贄にされないために逃げ出そうとしたのだ。ずっと機会を伺っていたが、カサンドラはなかなか隙を見せてくれない。だが、今、自分の悲願を目前に気が緩んでいたと察したため、行動に移したのだ。

 しかし、


「あら、逃がしはしないわよ」


 指をひとつ鳴らされただけで、体が鉛のように重くなり、動かなくなってしまう。

 浮かせていた腰が、ソファーへ戻る。失敗を悟ったオリヴィエが、カサンドラを睨みつけるが、彼女は優しい笑顔を浮かべているだけ。


 ――始祖の生贄にしようとしていながら、よくも笑えるものね。

 内心、悪態をつく。口が開いてくれれば、今、心で思ったことを、容赦無く言い放っていただろう。


「ごめんなさいね。口まで閉じさせるつもりはなかったのよ。今、解放してあげるわ」

「――っは。……ひとつ教えてください、カサンドラ様」

「……もうお姉様とは呼んでくれないのね」

「あなたは始祖を復活させてなにがしたいのですか? 戦争ですか? 復讐ですか?」

「どちらも違うわ。オリヴィエも、ラスムス様も、みんなわたくしのことを勘違いしているのね」

「ですが、あなたはクリスタを脅したではないですか!」

「それに関しては申し開きもできないわ。あの子は、わたくしの計画に必要だったの。ラスムス様がわたくしを止めようとしている以上、ワハシュ殿をはじめ強力な方々がわたくしと戦うことになるわ。でも、それだと始祖様の復活に支障をきたすかもしれないわ」

「だからクリスタを。あの子はそれほど強いのですか?」


 口頭でラスムスから彼の妹クリスタ・オーケンが規格外の強さを持っていることは聞いている。あの可愛らしい少女のどこに、そんな力があるのかオリヴィエにはわからない。


「あの子は強いわ。できることなら始祖様の器にしたかったくらいよ」

「それほど、なのですか」

「先日、レナード・ギャラガー元魔術師団長がわたくしたちの母校で狼藉を働いたでしょう?」


 覚えている。その場に居合わせてはいないが、魔術師団員の反逆者が、生徒に甘言を広め誘惑しただけではなく、あろうことか王子の命まで狙った一件だ。

 オリヴィエにとっても親しい婚約者の友人の活躍のおかげでことなきを得たと聞いている。


「クリスタと戦った魔術師は酷いものだったわ。どんなことをされれば、胴体が千切れるのかしらね」

「――っ、そんなことをあの子が!?」 

「想い人を守るためだったとはいえ、やり過ぎてしまったようね。でも、反逆者なんてどうせ死罪だから気にすることはないと言っておいたわ。つまりね、少々の力で人間を惨殺できるあの子にはわたくしを守ってもらうにちょうどよかったの」

「だから脅したのですね。王子を命を脅かすと言って!」

「誤解よ。王子様の命は守ると約束しただけよ。考えてみて? 始祖様が復活したとき、ご自分の国が滅んでいて、別の国に取って代わられていたらどうおもうかしら?」


 始祖の気持ちなどわかるはずがない。そもそも蘇って欲しくなどない。


「お怒りになるかもしれない。始祖様なら、単身でこの国を滅ぼすことくらいできるでしょう。そのとき、わたくしは始祖様の巫女として王子様に害をなさないよう命に代えて進言すると約束したわ」

「たったそれだけの口約束であの子は、カサンドラ様についたというのですか」

「オリヴィエにもわかるでしょう。人を愛するというのはときに盲目にするのよ」


 酷いことを言っている自覚があるのか疑問に思う。どちらにせよ、カサンドラはクリスタ・オーケンを利用した。それはかわらない。彼女が強いことはわかっている。もし、ジャレッドと戦えばと思うとゾッとしてしまう。

 婚約者の相手が強敵だからという理由ではない。友人と戦うことになるかもしれない彼のことを案じてしまう。


「話が逸れてしまったわね。つまり、わたくしにはこの国をどうこうするつもりはないの。始祖様がどう思うかは別としてね。わたくしの祖国だもの。滅びて欲しくなんてないわ。でも、それも、始祖様次第よ」

「ふざけたことを……よくもそこまであったこともない過去の人間に委ねることができのですか?」

「だって、それが始祖様の巫女として当たり前だからよ」


 オリヴィエは落胆した。カサンドラ・ハーゲンドルフは、始祖の巫女であろうとしている。カサンドラ個人と会話をしている気にならない。


「もちろん復讐もしないわ。あんな、放っておいてもかってに破滅する人間達を相手にしている暇なんてないもの」

「では、なにをしたいのですか? カサンドラ様、あなたは始祖を復活させてなにをするつもりなのですか!?」




「――始祖様を元の世界に還してさし上げるのよ」





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