42.王都での動き3.
「お久しぶりです、オリヴィエ・アルウェイ様」
「ええ、そうね」
「本日は突然すみません。ですが、カサンドラ様に命じられて、手紙のお返事を聞きに来ました」
客間にクリスタを通したオリヴィエは、警戒心を解くことなく向かい合ってソファーに腰を下ろしていた。
ラスムスの話が本当ならば、虫も殺さないようにしか見えない可愛らしい少女は、あのワハシュさえを倒してみせたという。どんな強敵も倒してきたジャレッドが敗北した数少ない相手を、だ。
つまりクリスタがその気になれば、オリヴィエの意思など関係なく、カサンドラのもとへ連れてかれてしまうだろう。
部屋の外には、プファイルが控えてくれている。彼は自身の師を下した相手が、このような少女だと予想していなかったようで、珍しくあからさまに動揺していた。
「返事、ね。仮にわたくしが、カサンドラ様の申し出を突っぱねたら、あなたはどうするのかしら?」
「できれば、お受けしてくださることが一番です。私は、手荒な真似をしたくありません」
「つまり、最悪の場合は、無理やり連れて行くつもりなのね」
「ごめんなさい」
見るからに体を小さくして謝罪するクリスタに、おや、と思う。
「……あなたもしかして、カサンドラ様に嫌々従っているの?」
「始祖復活に関しては反対していません。兄も望んでいることです。でも、誰かを巻き込むことは嫌です。それも、よりによってジャレッドくんたちを」
「こんなこと言いたくないのだけれど、あなたの戦闘能力は相当なものだと聞いているわ。その力でカサンドラ様に逆らおうとは思わないのかしら?」
「できません」
「そう。なにか理由があるのね。いいわ。あなたにはカサンドラ様に従わなければいけない理由がある。わたくしは、カサンドラ様の企みに抵抗する理由がある。それでいいわ」
二人は、お互いの視線を合わせ、逸らすことなく見つめる。どちらも、相手の出方を伺っているようだ。
「先に言っておくけれど、もしあなたが力づくでなにかしようものなら、舌を噛み切るくらいの覚悟はあるわ。ジャレッドは悲しんでくれるでしょうけど、わたくしだってウェザード王国の貴族よ。始祖が復活して国がどうにかなるかもしれない以上、カサンドラ様の企みがわからないまま連れていかれることはしたくないわ」
なによりも、愛しい婚約者の足かせになるのはごめんだった。今まで何度もジャレッドの足を引っ張ってしまった。囚われの身になることや、命の危機、自分さえいなければ婚約者はもっと楽に敵を倒してきたはずだ。いいや、そもそも戦いに巻き込まれなかった可能性だってある。
いつも後手に回ってばかりの、不利な戦いばかりだった。今回もすでに後手に回っている以上、オリヴィエとしては、これ以上婚約者の重荷になることは望まない。
たとえ、ジャレッドに恨まれる形になったとしても、だ。
「そ、そんな……困ります」
「困られても知らないわ。あなたにもなにか理由があるのでしょうけど、わたくしだってジャレッドの足手まといになるわけにはいかないのよ。愛する人の足かせになるくらいなら、死んだほうがマシよ」
はっきりと言い放ったオリヴィエに、クリスタは明らかに狼狽える。
力づくで連れて行くつもりがあったかどうかわからないが、強硬策に出れば友達の婚約者を死に追いやる可能性があるのだ。下手なことなどできるはずがない。
「お互いにこれでは動きようがないわね。そこで提案よ」
「提案、ですか?」
「ええ。よければ、あなたがカサンドラ様に従う理由を教えてくれないかしら。できることなら、あなたが知っているあの方の企みを教えてちょうだい」
「……それを話したら、私のいうことを聞いてくれますか?」
「話の内容次第だけど、あなたはジャレッドの友達だし悪いようにはしないと約束するわ」
唇を噛み、悩む仕草をするクリスタに、オリヴィエは続ける。
「わたくしには、ジャレッドだけではなくてよ。あなたが倒したワハシュの部下だった、プファイル。娘のローザがいるわ。他にも宮廷魔術師同等の力を持つ、ルザー・フィッシャー、ラウレンツ・ヘリング、味方になってくれる方はこれだけいるのよ」
「ラウレンツくんも」
「あなたが嫌々カサンドラ様に従っているのなら、力になってあげるわ。だから、事情をすべてわたくしに話しなさい」
オリヴィエの訴えに、少女は悩む。
悩んだ挙句、なぜ自分がカサンドラ・ハーゲンドルフに従っているのかを打ち明けた。
ーー一時間後。
オリヴィエ・アルウェイは、自らの意思でカサンドラ・ハーゲンドルフに会いにいくことに決めた。




