41.王都での動き2.
「ハーゲンドルフ公爵がオリヴィエ様とお会いしたいとは……ジャレッド様がいないタイミングに、これはなにかありますね」
「でしょうね。わたくしだって馬鹿ではないから、いくらカサンドラ様とはいえ会いに行ったりしないわ」
婚約者を捕らえた元凶に呼ばれて、ほいほい会いにいくほどオリヴィエも短慮ではない。
できることなら面と向かって文句を言ってやりたいし、頬を引っ叩いてやりたくもあるが、刹那の感情で動いてしまえばみんなに迷惑がかかることは十分に承知していた。
「そう言ってくださりホッとしました」
「あら。わたくしが感情のままカサンドラ様に会いにいくとでも思っていたのかしら」
「実を言うと、そうするかもしれないと嫌な予感程度には」
「い、言ってくれるわね。確かに、わたくしが猪突猛進なところがあることは認めるけれど、この状況でそんなことはしないわよ」
妹同然のトレーネにジト目を向けて嘆息する。
決して理性的に行動することを得意としているわけではないし、婚約者がありもしない罪で拘束されたせいで気も立っている。だからといって、ここでさらに自分を追い込むようなことをするほど愚かではない。
――でも、わたくしって結構感情のままに行動しているのよね。
かつて母を守ろうとしていたときも、ジャレッドにであったばかりのころも、オリヴィエは理性的であろうとしながらも、感情に従い行動したことが度々ある。大事こそなかったが、それはここにはいない年下の婚約者が助けてくれたというのが大きな理由だ。
「ところで、カサンドラ様のことどう思う?」
「そうですね。わたしはあまりハーゲンドルフ公爵とお会いしたことはないので、なんとも。ですが、かつてオリヴィエ様はあの方のことを、理想だと言っていました」
「……そう、そうだったわね。ええ。確かにわたくしはカサンドラ様のこと理想的に思っていたわ」
それは一人で母を側室の魔の手から守っていた頃。トレーネ以外には誰にも弱みを見せられず、気丈に振る舞っていた。そんなオリヴィエが手本にしたのは、幼い頃から付き合いのあるカサンドラ・ハーゲンドルフだった。
彼女は、母の生まれが低いという理由だけで、兄弟や家族から不遇な扱いを受けた。当主であった父から愛されれば愛されるほど、彼女は他の家族から酷い目に遭わされていた。しかし、カサンドラは強かった。気丈に振る舞い、立ち向かった。彼女の母が亡くなっても、それはかわらなかった。
そして、ついには自分の手で公爵家当主という地位をもぎ取った女傑となる。
そんなカサンドラに憧れと尊敬を抱いていたオリヴィエは、彼女のように強くあろうとした。誰にも頼らず、それこそカサンドラ本人にも弱音を吐くことなく、一人で母を守ってみせると孤独な戦いをしていた。
今のオリヴィエがいるのは、ジャレッドと出会ったからだ。あの、年下のくせに、大人びて、でもどこか子供っぽい少年のおかげで変わることができた。可愛げなどなかったあの頃の自分のままだったら、今ごろどうなっていただろうかと思う。
そういう意味では、カサンドラにはきっかけとなる誰かがそばにいなかったのかと思わずにはいられない。
――いいえ、違うわね。カサンドラ様のそばにラスムスがいたからこそ、今の彼女の方になったのよね。
母を失い途方に暮れていたカサンドラは、見かねたラスムスから母の出自が特別なものであることを知らされた。それをきっかけに、変わったとされている。
オリヴィエからすれば、母の死さえ乗り越えていたように見えていたが、そうではなかったのだと先日知ったばかりだ。
幼なじみでありながら、彼女の辛さをなにも知らなかったことが悔やまれる。
だからといって、カサンドラの企みには賛成できない。始祖を復活しようとする理由も定かではなく、始祖復活後の世界がどうなるかもわからない。
だからこそ、自分をはじめ、家族たちはラスムスの願いを受け、彼女を止めると決めたのだ。
「でもね、今はあの方のことをそれほど理想とは思わないわ。だって、愛してくれる人や案じてくれる人を蔑ろにしているのだから」
「……そう、ですね」
ラスムスが、カサンドラを心から案じている。彼にだって、始祖を殺すという長年の目的があるにもかかわらず、彼女のためならそれを放棄してもいいといっている。なのに、カサンドラはそんなラスムスと敵対してでも、始祖復活を果たそうとしている。
そのことが、オリヴィエには理解ができない。することもきっとないだろう。
「一言でいいから、カサンドラ様に理由を説明してほしいわね。今のままじゃ、あの方を恨むことさえできないわ」
心のどこかでカサンドラには大きな理由があって欲しいと願っているのかもしれない。説明され、ああ、それほど大きな理由があるのなら始祖復活を目指してもしかたがない、と言いたいのかもしれない。
婚約者を拘束されようと、勝手に始祖復活を企まれようと、やはりオリヴィエはカサンドラ・ハーゲンドルフを明確な敵としてみることはできなかった。
その時だった。屋敷の外から声がする。窓から覗くと、そこには――ジャレッドのクラスメイト、クリスタ・オーケンがいた。




