37.ハーゲンドルフ公爵家の事情1.
「ふむ、そういうことだったのか」
場所を変え、ジャレッドたちから事情を聴き終えたリカルドは、目を閉じて大きく息を吐き出した。
「お嬢様がなぜ始祖を復活させ、なにをしたいのか聞いたことはありませんか?」
クラウェンスの問いに、目を開け公爵の兄は答えた。
「知っている。だが、今はその答えが正しいのかわからない」
「と、いいますと?」
「私はカサンドラから相談を受けていた。あの子が進むべき道に悩んだ時、兄としてね。皮肉なことだよ。母に命を狙われてはじめて、妹と兄弟らしくなれたのだからね」
自嘲するような表情を浮かべるリカルドに、一同はかける言葉が見つからない。
「あの子が始祖を復活させようとしていることは知っている。だが、ジャレッド君を拘束する理由が見つからない。むしろ、妹の目的を果たすのであれば、君と協力するべきだと私は思う」
「俺と、協力ですか?」
「そうさ。カサンドラは、始祖を復活させ、殺そうとしているんだよ。ほら、あのラスムスという名前の、年齢不詳の子供がいるだろう。彼のために、あの子は始祖を復活させたいんだ」
「ラスムスのため? だけど、ラスムスはハーゲンドルフ公爵を止めようとしているんですけど」
「うん、だから、私には今のカサンドラがなにを考えているのかわからないんだ」
困った顔をする彼に、ジャレッドたちも同じような表情を作ってしまう。
魔導大国王族の生き残りであるラスムスが、始祖を殺そうとしていることは知っている。彼は先祖である始祖を、安らかに眠らせてあげたい一心で命を奪うことを決めているのだ。ただし、その方法は難しく、始祖の血を引く女性を媒体にして復活させるというもの。つまり、始祖の殺害は、器となった女性までも死んでしまうこととなる。
カサンドラ・ハーゲンドルフは自らを媒体にすると思われている。ゆえに、ラスムスは、幼い頃から知っている女性を犠牲にできず、ジャレッドたちに協力を求めてでも阻止しようとしているのだ。
始祖復活の恐ろしいのは、誰かを犠牲にすることもそうだが、復活した始祖がなにを思い行動するのか一切不明な点があるからだ。滅びた祖国を復活させようとするのか、かつてそうしていたように人間以外の存在たちと戦争を起こすつもりなのか。
ジャレッドとしては死者はそのまま死んでいてほしい。やり残したこともあるのだろう、子孫が心配なのかもしれない。だが、それは今を生きる者たちに任せるべきだ。
「リカルド様、あなたはカサンドラ殿がどういった方法で始祖を復活させようとしているのかご存知ですか?」
「もちろん。カサンドラをはじめとする、始祖の血を引く人間を器にするのだろう。正直、反対だ。仮に、始祖をその身に宿したとして、体の持ち主はどうなる?」
「……それは、私には予想もできません」
「私も同じさ、デニス君。だから反対した。それでもあの子は、ラスムスに恩返しがしたいと止まるつもりはないようだ」
すまない、とリカルドは小さく謝罪した。
「私たちのせいだな。あの子が辛い思いをしたのは、私や兄弟、そして母上たちのせいだ。父の寵愛を受けるあの母娘に嫉妬し、家督を奪われる恐怖からひどいことを数えきれないほどしてしまった。今は、己の行動を恥じることしかできない」
心内を吐露するリカルドに、ジャレッドたちはかける言葉が見つからなかった。
その通りだ、と思う気持ちもあれば、それだけがカサンドラの行動理由ではなかったと思うからだ。本当に責めるべきは、今、心を痛める彼ではなく、今も息子ごとカサンドラの命を奪おうとする人間たちだ。
「父上はカサンドラのことをよく見ていたよ。いや、私たちのこともよく見ておられた。だからかな、素行の悪い私たちよりも、ひたむきに努力し続けたカサンドラが当主に選ばれた時、ああ、やはりな、と思ったんだ」
「リカルド様、あなたは」
「クラウェンスならわかるだろう。公爵家を継ぐという重圧。母や、母の実家から当主になることを求められる苦痛。そして、失敗した瞬間、失敗作と呼ばれ、息子ではなくなってしまった。行く当てもなく、命まで狙われた私たち兄弟を救ってくれたのは、ほかならぬカサンドラだったよ。あの子だけが、私たちを受け入れてくれた」
次期当主に選ばれなかっただけで親子の縁を切られるなど、爵位が低いとはいえ男爵家に生まれたジャレッドでもあまり聞いたことがない。リカルドの母親が極端なのか。それとも、知らないところで、このようなことは当たり前なのかもしれない。
長男でありながら、母の身分が低い妹に家督争いで敗北したということも稀ではあるが、命を奪われるような失態とは思わない。
彼の母親が、カサンドラの母親を下に見ていたゆえに、敗北した現実を受け入れられないというだけなのかもしれないが、それでも息子を殺す理由にはならないと思う。
「私だけが母に殺されるのならわかる。嫌だが受け入れもしよう。だが、他の兄弟までが命を奪われることには納得することができなかった」
「それでお嬢様はリカルド様たちを捕らえているように振舞ったのですか?」
「そうだ。私たちがしてきたことを考えれば、周囲もやはりと納得したようだ。だが、母上たちは私たちの命を奪おうと、より躍起になった。まあ、そうだろう。カサンドラが私たちの命を使い母上たちの実家を脅すかもしれないと考えられるからね」
「だからって殺す理由がありますか?」
「ジャレッド君はダウム男爵家の生まれといったね。私の母上は、ダウム男爵や男爵夫人のようにできた人ではないんだよ。爵位が高い家に生まれ、甘やかされて育ち、嫁ぎ先で我が子を当主にすることだけを望まれる、そんな人たちだ。失敗することに耐性がなく、認めることもできない。なによりも、汚点となった息子をそのままにしておけるほどの度量もない」
それでもひどい話だと思う。
家督を継げない子供はたくさんいる。だからといって全員殺していたらきりがない。長男が家督を継げなかったとしても、兄弟の補佐をさせればいい。領地を任せたっていい。家と家をつなぐために、婿に出したって構わない。
貴族らしくない生き方をしてきたジャレッドでさえ、このくらいは思い浮かぶ。やりようによっては、リカルドたちを有効活用する手段はあったはずだ。だが、彼らの母はそうしなかった。子供たちを汚点として、認めることができず、なかったことにしようとした。
あまりにも短慮で、愚かだ。
「ところで、他のご兄弟は如何しましたか? この屋敷には、リカルド様以外には護衛とメイドしかいませんでした」
デニスの問いかけに、笑顔を浮かべたリカルドは、
「うん。他の兄弟は、すでに新しい身分をもらい、第二の人生を歩み始めているよ」
驚くべきことを平然と言い放った。




