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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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35.救出作戦1.




 カサンドラ・ハーゲンドルフの別荘から、すこし歩いた場所に、その屋敷はあった。


「小さな屋敷って言ってたのに……これだから公爵家は」


 引きつった顔をして呟く若き宮廷魔術師の眼前には、決して小さくない屋敷が建つ。

 王都にあるジャレッドが住まう公爵家別宅に比べれば、小さいのかもしれない。だが、少年の祖父が暮らすダウム男爵家よりも優に大きかった。


「ジャレッド殿、お気持ちはわかりますが、それは後にしましょう」


 すでに見張りの人間は倒した。

 冒険者などではなく、ハーゲンドルフ公爵家の兵のようだったが、魔術を使うまでもなく奇襲し、昏倒させたのだ。


「じゃあ、さっそく中に」

「では、わたくしが参ります。万が一、誰かと鉢合わせても、わたくしなら言い訳ができますので」


 クラウェンスの申し出を受け、任せることにした。

 初老に差し掛かるとはいえ、元宮廷魔術師第一席だ。経験は、現役であるジャレッドやデニスに勝るだろう。心配する必要はない。見張りを倒す技量も、息を飲むほど見事だった。


 老メイドが、音を立てることなく侵入する。屋敷の中は、人の生活している痕跡が残っていた。生活臭はもちろんあるし、手入れも行き届いている。誰かが定期的に清掃しているのだと思われる。


「お止まりください。やはり屋敷の中にも何人か見張りがいるようです」


 彼女の言葉通り、立ち止まったジャレッドたちの目の前にある扉の向こう側に、人の気配がする。

 囚われの身になっている人間が意識を奪われている以上、相手は、カサンドラが用意した者だろう。


「気配からして三人ですね。デニスさん、片しちゃいましょう」

「はい、同感です」


 二人は顔を見合わせ、クラウェンスがドアノブを回すのと同時に、部屋の中に押し入った。

 突然の侵入者に驚きの表情を浮かべたのはメイドが三人。非戦闘員に手をあげることは躊躇われたが、この場にいたことを不幸と思ってもらうしかない。

 ジャレッドとデニスは、それぞれ近い場所にいたメイドの腹部に掌底を当てて意識を奪う。残りひとりは、少年が背後に周り首を腕で締める。が、力は込めない。


「聞きたいことがある。素直に答えれば、痛い思いはしなくてすむ。わかったか?」


 必死に首肯するメイドを確認すると、問いかける。


「この屋敷の中に、前ハーゲンドルフ公爵の息子たちがいるな?」


 首肯。


「居場所はこちらで探すからいいとして、門番が三人いたのは確認した。他に護衛はどのくらいいる。声は出すな、指を立てろ」


 メイドの指は三本立った。


「三人か。よし。じゃあ次の質問だ。そいつらはどこにいる? 一階か? 二階か? 三階か? それとも、屋敷の中を見回っているのか?」


 彼女は指を折り、首肯する。


「屋敷の中を見回ってる、でいいんだな? 言っておくけど、もし嘘だったら命はないと思えよ」


 無論、嘘だ。主人の命令を聞いているだけのメイドを殺したりはしない。が、彼女にそんなことはわからないので、脅しには十分になる。

 彼女は必死に、何度も肯定するように頷いた。


「ありがとう。じゃあ、しばらく寝ててくれ」


 それだけ言うと、彼女の首を絞め、意識を落とす。


「やれやれ、宮廷魔術師が二人もいるというのに、やっていることは賊そのものですね」

「……お師匠様、そうはいいますが、実際に人を攫うんですから賊には変わりありませんよ」

「そうですね。申し訳ございませんでした。見知った顔が怯えているのを見てしまったせいで、つい」


 近くのソファーにメイドを寝かせたジャレッドは気にしていないと、老女に言う。少年自身が、自分でやっていながら賊まがいのことをしている自覚があるのだ。


「さてと、護衛を片付けちゃいましょう。騒がれたりしたら、困りますから」

「そうですね。万が一のことを考えると、ジャレッド殿のおっしゃる通りだと思います」

「とりあえず、公爵家のご子息たちは後回しにして、ちゃっちゃと護衛を倒しましょう。俺は二階を」

「では私が三階を確認してきます」

「わたくしは、こちらの階の残りを引き受けましょう」


 それぞれが頷き合うと、行動を起こした。

 ジャレッドは階段を駆け上がり、気配を殺して疾走する。

 公爵家の屋敷だけあって、広く、部屋数も多い。隠し部屋などはないと思いたいが、今はまず邪魔な護衛を倒さなければならない。

 対象はすぐに見つかる。ひとつの部屋の前に、わざわざ椅子を置き、腕を組んでいる男と目が合った。


「……性懲りも無く、またしても刺客を送ってくるとは。公爵家の業とはなんとも深いことか」


 男は僧侶のような格好をした頭髪をすべて剃りあげた人物だった。彼の手には、槍が握られている。衣服の上からもわかる鍛えられた四肢。なによりも、男がこちらを射抜く眼光から、歴戦の戦士だと伺えた。


 ――門番もだったけど、そうとうな実力者を用意してるな。それだけ、外敵に警戒しているってことかな。それよりも、またしても刺客ってどういうことだ?


 疑問は浮かぶが、今はその問いかけをすることはしない。あくまで目的は護衛の無力化なのだから。

 会話することなく、ジャレッドは床を蹴る。


「来るかっ、受けて立とう!」


 少年が男に肉薄するよりも早く、僧侶の槍が一直線に放たれる。

 その一突きはまさに疾風迅雷。今までジャレッドが戦ってきた敵の中でも上位に値する実力だろう。

 だが、戦闘経験を積み、修羅場をくぐってきた少年の敵ではない。


 紙一重で槍の一突きを交わす。頬、耳、肩が切り裂かれ鮮血が散った。しかし、問題はない。止まる理由にもならない。

 ジャレッドはそのまま、僧侶に肉薄すると同時に、足の裏を突き出す。


「ごふっ」


 男の腹部を踵が容赦なく捉え、背後にある扉を突き破って、部屋の中へ。

 失神した僧侶は受け身を取ることなく、地面を跳ね、転がっていく。


「やべ……やりすぎた」


 音を立てないように倒そうと魔術を使わずに肉弾戦を選んだというのに、身体能力を強化させすぎたのか、想像していた以上に被害を出してしまった。


「デニスさんたちの足を引っ張らなければいいけど」


 扉を突き破った音が聞こえ、彼らが危機にならないことを祈る。

 僧侶が完全に沈黙したことを確認すると、両手足を持ってきていた紐で縛り付け、一息ついた。


「素晴らしい。まさか彼がこうもたやすく倒されてしまうなんて」


 気を抜いてはいなかったものの、突然かけられた声に、身構える。


「……あんたは」


 突き破った部屋の隣から、様子を伺うように現れたのは、三十を超えたくらいのやせ気味の男だった。

 眼鏡をかけ、少々神経質そうな雰囲気の男は、ジャレッドと目を合わすと、名乗った。


「おや? 私を知らないとは、どうやら殺し屋じゃなさそうだ。ならば、名乗ったほうがいいね。私はリカルド・ハーゲンドルフ。カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵の、兄だ」





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