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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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33.カサンドラ・ハーゲンドルフの事情.




 カサンドラ・ハーゲンドルフは、公爵家の後継だった父親と、商家の母親の間に生まれた。

 それなりに大きな商家出身の母だったが、平民という理由だけで側室にもなることができず、愛人という立場だった。


 それでも、父親の愛情は本物だった。お気に入りの別荘を住まいとして与え、本家よりもカサンドラたちと一緒にいる時間のほうが長く、可愛がり方も本物だった。

 それは、父親が正式に公爵となった後も変わらなかった。


 父は、不遇な扱いを受ける娘に、貴族としての教育を与えた。娘は、父の期待に応えるべく、学業でも運動でも常に一番だった。愛人の子、平民の血を引く、と陰口を叩かれようと、毅然とし、陰口を叩いていた者たちでさえ友人にしてしまった。


 同じ公爵家の少女たちとも親しくなり、姉のように慕われていく。いつしか、誰もが生まれなど気にしなくなった。カサンドラは、ハーゲンドルフ公爵家の子供たちの誰よりも、優秀だったからだ。

 それを面白く思わないのは、正室や側室たち。貴族出身の妻たち、子供たちだった。


 彼女らは、カサンドラに執拗な嫌がらせを繰り返した。少女は平然としていた。直接なにもできない人間など怖くもなんともなかったのだ。

 なによりも、両親から愛されていることをよく知っていたゆえに、強かった。だが、母親はそうはいかなかった。


 嫌がらせに、少しずつ心を病んでいった。娘が優秀だと示すほど、父親から愛されるほど、嫌がらせは増していき、母親は疲弊していった。

 ついにはベッドから起き上がらなくなり、肉体も病にかかり生涯を終えてしまった。母は、まだ成人していない娘を残して逝くことを嘆いた、だが、それ以上に、疲れ果てていたためようやく心が休まると安堵していた。


 母親を失ったカサンドラに追い打ちをかけるよう動物の死骸が届いた。一度や二度ではない。正室たちから、亡き母の供にしろと繰り返し送られてきた。

 今まで嫌がらせに平然としていたカサンドラだったが、これには堪えた。気づいた父親が激昂したことで、死骸が送られてくることはなくなったが、母を失った少女への仕打ちはこれだけでは終わらなかった。


 葬儀に誰も出席しなかった。父と娘、そして一部の使用人だけ。正室たちが脅し、手伝うことをさせなかったのだ。そんな中、カサンドラが交友のあった公爵家の子女たちが最後の別れに訪れたことだけが救いだった。

 この一件で、父は自分の妻たちを本家から追い出すほど怒り狂ったが、結果としてカサンドラが憎まれる理由が増えただけだった。


 本家から追い出された妻たちは、本来なら誰の息子が跡取りになるのか醜く争うはずだったが、共通の敵がいたことで手を取り合っていた。カサンドラが、すぐに潰れていれば、お互いに次なる敵を見つけて醜い醜態を晒していたはずだが、そうはならなかったのだ。


 カサンドラを救ったのは、母の友人を名乗る、滅びた国の末裔の少年。

 彼から母と自分がただの平民ではなく、かつて始祖に仕えていた巫女の血族であることを知った。自分の血に、偉大な始祖の血と力が流れていることも、同じく知ったのだ。


 その後、カサンドラは魔術にのめり込むとなる。今まではわずかな才能しかなかったため、学ぶことはしなかったが、始祖の血を引く少年との出会いがきっかけで、魔力にも魔術の才能にも目覚めた。

 父親は我が事のように喜んでくれた、敵対していた正室たちに問題を起こす材料を与えないようにするため、魔術師であることはひた隠しにした。


 母の友人であり、乳母でもあるクラウェンスから魔術を学び、彼女の紹介で、のちに婚約者となる青年とも知り合った。

 なにかに熱中している間だけが、母を失った悲しみを遠ざけてくれたのだ。


 だが、悪意は再び、カサンドラに牙を向くこととなる。

 婚約者となった青年が若くして宮廷魔術師になると、カサンドラにはもったいないと、半分嫉妬の嫌がらせが始まった。青年は、気にしていなかったが、母のようにはしたくなかった少女が、父に懇願し、婚約を一方的に解消してしまったのだ。


 その謝罪がわりに、公爵は青年のために尽力した。彼の家族を、彼自身の後継人としたのだ。そして、気づけば、青年は国王に認められ、懐刀になるまでとなった。

 婚約は解消されたが、青年は変わらずカサンドラの味方だった。宮廷魔術師の力のおかげで、正室たちも落ち着きを取り戻していたのだが、そんな折、父親が亡くなった。


 亡き父が遺言で次期当主に指名したのはカサンドラだった。

 正室は無論、大反対だ。しかし、この遺言は王家に届けられていた正式なものであり、覆すことはできない。ゆえに、カサンドラを亡きものにしようという短慮な行動に正室たちは走った。


 不幸中の幸いと言うべきか、狙われた彼女のそばには、元宮廷魔術師と現役宮廷魔術師がいた。彼らをくぐり抜けて、命を奪えるものはそうそうにいない。

 次々と刺客は倒され、捕縛された。口を割らせれば正室たちを法律で裁くことができるが、カサンドラはそれをよしとしなかった。


 彼女を案じた青年は、正室たちを裁くべきだと声を大にして訴えたが、聞き入れてもらえない。次第に、二人に間に溝ができ、関係に距離が開くのも時間の問題だった。

 とはいえ元宮廷魔術師が守っているのだ。二人が一人になっても、カサンドラに危害を加えることができない。


 最終的に、焦れて直接的に乗り込んできた半分血の繋がった兄たちを、隠していた魔術で打ち倒し、勝利を掴み取ったのだ。

 その後、カサンドラに敗北した兄弟は、魔法薬によって眠らされた状態で囚われている。正室たちへの人質だ。今まで再三、息子たちを返して欲しいと訴えられたが、すべて無視してきたのだ。

 訴えは何年も続いていたが、ついに子供達の安否を諦めた正室たちが、せめてカサンドラだけでも殺してしまえと、再び殺し屋を送り込んでいる。



 それが、カサンドラ・ハーゲンドルフを取り巻く現状だった。




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