32.前宮廷魔術師第一席クラウェンス・ドルト3.
「復讐?」
「はい。お嬢様の幼少期は、デニスからお聞きになったと思われます」
正直、気分のよい話ではなかった。母親の身分が理由で不遇な扱いを受けたカサンドラ。父親は愛してくれていたが、それが他の兄弟を、側室を煽る結果となってしまった。
亡くなった母にも酷い仕打ちを受けたと聞いている。
「実は、現在でも、お嬢様に対する悪意は続いているのです」
「……クラウェンス様……そんな、まさか」
驚いたのはデニスだった。
「そのまさかです。かつてあなたの力も借りて、お嬢様の敵は一掃したはずでした」
「愚かなことをしたと今でも後悔しています。ですが、あのときは、ああしなければカサンドラ殿の命が危うかった」
「あなたの判断は間違っていませんでした。ですが、敵はより狡猾だったということです。いくらわたくしたちが、魔術という相手にはないものを持っていようとも、姿を見せない敵にはなにもできないのですから」
「あの」
二人のやりとりがわからなかったがジャレッドが躊躇いがちに口を挟む。
「ああ、申し訳ございませんでした。ジャレッドさまの知らぬことでしたのに、つい」
「……マーフィー様にはお伝えしていませんでしたが、カサンドラ殿には敵が多くいました。生まれもそうですが、お母上を狙う方、お母上が亡き後もお父上に可愛がられていた彼女を狙って、数々の殺し屋が放たれました」
「えっと、お二人の話だと、デニスさんもハーゲンドルフ公爵の味方として戦ったってことですよね。合ってます?」
「はい。私は、師であるクラウェンス様のご紹介で、前ハーゲンドルフ公爵と知り合いでした。あの方には、よくしていただきました」
「もしかしなくても、カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵とお知り合いだったりします?」
「ええ、まあ、知り合いといいますか、その、かつて私はカサンドラ殿の婚約者でした」
「……はあ、って、ぇええええええ!?」
ジャレッドは大いに驚いた。まさかデニスがカサンドラの元婚約者だったことにもだが、そのかつての婚約者のことを、婚約していた本人が探っていたのだ。
「ちょっと待って、待ってください。えっと、じゃあ、デニスさんは、元とはいえ婚約者のことを探っていたんですか。どうして」
「私情ははさみません。そう言えればよかったのですが、私は今でも彼女のことを愛しているのです。愛しているからこそ、なにかよからぬことを企んでいると気づきました。そして、その企みは、彼女自身を破滅させる、と」
デニスは、少年の前に膝をつき首を垂れた。
宮廷魔術師第一席が、国王の懐刀と言われた男が、たかだが十六歳の少年に、だ。
「宮廷魔術師としての使命もあります、ですが、それ以上に私情でした。そんなことにあなたを巻き込んでしまったことを深くお詫び申し上げます。ですが、どうかマーフィー様のお力を私にお貸しください」
一回りも歳の離れた少年への懇願を受け、
「顔をあげてください。正直いえば、思うことはありますし、言いたいこともあります。でも、今はそれらを飲み込みます。俺はデニスさんにたくさんお世話になりました。その恩を、今ここで返させてください」
彼を立たせて、そう言った。
言葉通り、思うことはたくさんある。自分だけならまだしも、オリヴィエまで巻き込んだことに、文句のひとつふたつも言いたくもある。
だが、そのすべてを飲み込んだ。デニスだって好き好んで巻き込んだわけではない。もともと、カサンドラがこちらを巻き込もうとしたのを利用しただけだ。
ならば、彼に協力し、事件の解決を少しでも早めたほうがいい。
「話の続きをしましょう」
「ありがとうございます。マーフィー様」
「デニスさん、俺のことはどうかジャレッドと呼んでください」
「……ジャレッド様」
「ジャレッドと」
「では、ジャレッド殿とお呼びさせていただきます」
目的を同じにするなら堅苦しいのはなしにしようとした。
デニスは呼び捨ててくれなかったが、様付けだと他人行儀だ。殿付けも、少々距離を感じるも、一歩歩み寄れたと思えばいい。
「クラウェンスさま、どうぞ続きをお願いします」
「かしこまりました。ジャレッドさまは、リズとはまた違う人柄をお持ちのようですね。オリヴィエさまの御婚約者でなければ、わたくしの孫を紹介したかったですわ」
一連のやりとりを見守っていた老女は、そう微笑んだ。そして、
「今もまだお嬢様を狙っているのは、前ハーゲンドルフ公爵さまの正室に当たる方です」
カサンドラ・ハーゲンドルフの過去を語り出したのだった。




