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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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31.前宮廷魔術師第一席クラウェンス・ドルト2.



 馬車を降りたジャレッドとデニスを出迎えたのは、ひとりの女性だった。


「お初にお目にかかります。わたくしは、クラウェンス・ドルトと申します。カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵さまにお仕えする、乳母でございます」


 挨拶とともに名乗った元宮廷魔術師は、どこか気品を感じさせる穏やかな笑みを浮かべた初老の女性だった。

 白一色の髪をバレッタでまとめ、背筋をピンと伸ばした女性からは若々しさを感じさせられる。


「はじめまして、ジャレッド・マーフィーです」

「……ふふ」

「あの?」


 目尻に皺を寄せ、少年に微笑んだクラウェンスに戸惑いが生まれる。彼女の瞳は、まるで孫を見るような慈しみが宿っていた。


「申し訳ございません。あの、リズのご子息が大きくなられたと思いまして」

「母をご存知でしたか」

「ええ、短い期間でしたが、わたくしが引退する前に彼女と何度か戦場を共にしたことがございます。とても強く、美しい女性でした」


 そう言い、過去を思い出すようにしていた彼女だったが、次第に表情が陰っていく。


「ですが、まさか若くしてお亡くなりになるとは思ってもいませんでした。とても残念に思っています」

「ありがとうございます。きっと母も喜びます」


 まさか母親と知り合いであるとは思いもせず、思いがけない出会いだった。


「ジャレッドさまのことももちろん存じております。あなたがまだお生れになったころ、一度だけ会わせていただいたことがありますの」

「そう、だったんですね。知りませんでした」

「わたくしはダウム男爵さまと顔を合わせたわけではありませんので、無理もないかと。リズは、生まれたばかりのあなたを連れて何度か王宮に来ていました。そのとき、彼女の代わりにあなたのことを一時間ほどでしょうか、お世話させていただいたのですよ」


 知らなかった母と自分の情報に、胸が温かくなるも、穏やかに談笑してばかりではいられない。


「ドルトさま」

「クラウェンスとお呼びください。今のわたくしは、カサンドラさまの乳母ですので」

「では、クラウェンスさん、母の話はできることならずっと聞いていたいのですが、本題に入りましょう」

「……そうですね。わたくしとしたことが、つい。申し訳ございませんでした。では、屋敷の中にご案内します」


 話が途中で終わったことを残念そうにするも、クラウェンスは自分の役目を思い出し、二人を屋敷の中に通した。

 ハーゲンドルフ公爵家の別荘は、特別目につくものはなかった。

 カサンドラの住まいとなっていたこともあり、生活のあとがいたるところに残っている。

 応接室に通されると、乳母が紅茶を用意してくれた。


「ジャレッドさま、デニス、お嬢様が申し訳ございませんでした」


 クラウェンスは頭を下げることからはじめた。


「本来なら、この屋敷にはジャレッドさまが監禁される予定でした。わたくしは、あなたの見張りであり、この場にとどめておく役割がございます」

「……なるほど。元宮廷魔術師第一席なら、可能でしょうね」


 彼女がどのような魔術師なのかまではしらない。デニスの師であるらしいが、ジャレッドは現役宮廷魔術師第一席の能力まで把握していない。どちらにせよ、厳しい戦いになっていたはずだ。


「お師匠様、単刀直入にお聞きしますが、カサンドラ殿はなにをお考えなのですか?」


 今まで、ジャレッドとクラウェンスの邪魔をしないよう黙っていたデニスが、口を開く。


「あなたは昔からせっかちですね。ですが、いいでしょう。お答えします。お嬢様は、始祖を復活させる気でいます」

「はい。それは私もマーフィー様も存じています。カサンドラ殿が、始祖に仕えていた巫女の子孫だということも、です」

「まあ、そこまでご存知でしたか。どうやら、ラスムス様はあなた方を味方に引き入れてお嬢様を止めるつもりなのですね」

「……ラスムスのことまで、知ってるんですね」

「もちろんです。元とはいえ宮廷魔術師第一席でしたので。それ以前に、お嬢様のためにあの方にはお力をたくさんお借りしました。だからこそ、お二人が道を違えてしまったことが残念でなりません」


 沈痛な表情の乳母は、続ける。


「実のところ、わたくしもお嬢様の心内までは知らされておりません。本来なら、お仕えする主人に刃向かうことはしたくありません。ですが、お嬢様になにかあれば、わたくしは死ぬまで後悔するでしょう。だからこそ、今、こうしてお嬢様を裏切っているのです」


 クラウェンスは、あくまでも乳母としてカサンドラに仕えることを最優先している。本当であれば、ジャレッドたちに告げ口のように情報を明かすことだってしたくないはずだ。

 幼い頃から育てて来た女性を、裏切る形になってでも、止めようとするには理由があるはずだ。


「わたくしが知っていることが全てではないかもしれません。ですが、止めなければならないことはわかっています」

「ハーゲンドルフ公爵はなにをしたいんですか?」


「お嬢様は、この国へ復讐がしたいのです」




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