30.王都での動き1.
「王宮も魔術師協会も、いったい何を考えているのかしら!」
王都。アルウェイ公爵家別宅を住まいにする、オリヴィエ・アルウェイは、父親からもたらされた情報に憤りを覚え荒れていた。
婚約者が逮捕され、王宮に呼ばれた父とダウム男爵は、そこで国王から直々に今回の一件を報告された。
「カサンドラさまの企みを明らかにするためにジャレッドを餌にしたですって……まだ宮廷魔術師になってもいないのに!」
ぼすん、と枕を投げつけても怒りが晴れることはない。
王宮から帰路、父は本家に戻るのではなくオリヴィエのもとを訪れた。婚約者がいなくなり不安になっている娘と家族たちに知り得たことを伝えようとしてくれたのだ。
だが、父の口から放たれたのは、信じがたい内容だった。
オリヴィエがかつて姉と慕っていたカサンドラ・ハーゲンドルフ公爵が水面下でなにかを企んでいる。
魔術師協会職員を取り込み、なにかを調べているという。それだけではなく、当主を巡り、引き摺り下ろした兄弟を監禁している可能性もあるという。
――たったそれだけのことを明らかにするためにっ、ジャレッドをっ、わたくしの婚約者をっ、囮にするなんてっ!
考えれば考えるほど怒りが湧いてくる。
王宮が「なにかを企んでいる」程度のことでカサンドラを調べていたことも腹立たしいが、ジャレッドを餌にしたことにも同じ気持ちだ。
「ええ、そうですとも、実際カサンドラさまは始祖復活という大事を企んでいたけれど! だからといって、なんでもしていいわけがないじゃない!」
ジャレッドを利用することは、宮廷魔術師第一席デニス・ベックマンの現場の判断らしいが、それでも王宮にだって責任はある。
実際問題として、カサンドラは始祖復活を目論んでいる。知れば王宮もさぞかし満足だろう。怪しいと思っていた相手が、本当に大それた企みを抱いているのだから。
オリヴィエだって他人事ではない。信じられないが、始祖の血を引いているという。幸い、始祖復活のための依り代にならないよう処置を施してもらったものの、不安は残る。
出会ってからずっとそばで守ってくれていたジャレッドがいないだけで、こうも弱くなってしまうのか、と令嬢は嘆息してしまう。
「わたくし……弱くなったわね」
もう、孤独に戦っていたひとりの女性はいない。
愛する人を見つけ、暖かい家族を手に入れた。ゆえに、それらを手放すことが怖い。
「ジャレッドは今頃何をしているのかしら?」
すでにハーゲンドルフ公爵領にいることは知っている。情報を聞き、すぐに彼の元へ向かってくれたプファイルと合流できて入れば心強い。
かつて命を狙われただけあり、プファイルの恐ろしさをオリヴィエは知っている。その後、何度も自分たちの助けになってくれて、今では家族と呼べる少年なら、婚約者の力になってくれるだろう。
「――オリヴィエさま」
扉の向こうから名前を呼ばれ、遠くに想いを馳せていたオリヴィエの思考が戻ってくる。
「トレーネ?」
「失礼致します」
静かに部屋の中へ入ってくるメイドは、いつも無表情なのにはっきりと陰りが浮かんでいた。心配になり、問いかける。
「何かあったのかしら?」
「はい。カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵さまからお手紙が届きました」
「――っ、それは、いい度胸と褒めるべきなのかしらね」
思い出の中にあるカサンドラは、優しく、穏やかな女性だった。不遇な生まれにもめげず、家族から迫害され、母を守りながら気丈に生きていた。
ハンネローネを狙われたオリヴィエは、彼女を見習って振舞っていたのだ。
憧れの人だった。尊敬していた。なによりも、姉のようで、大好きだった。
「ジャレッドを拘束しておいて、手紙、ね。いかにもなにか企んでいますと言わんばかりだわ」
だからといって手紙を無視することはできない。
幼馴染みの公爵への怒りはもちろんある。だが、それ以上に心配もしていた。
トレーネから手紙を受け取ると、ペーパーナイフで封を切る。
「……そう」
見覚えのある丁寧な文字を読み、頷くように飲み込んだ。
「なんと書いてありましたか?」
「わたくしと会って話がしたいそうよ」
ちょっと王都サイドも。
時間列がジャレッドサイドの翌日とずれています。




