24.先手を打っていた者3.
「デニスさんがここにいる理由、ですか?」
「はい。実は、以前より、カサンドラ・ハーゲンドルフ公爵がなにやら企んでいるようでしたので、調べていました」
「……おいおい。嘘でしょ?」
まさか宮廷魔術師第一席がカサンドラを調べていたとは想像もしていなかった。
後手に回ってしまったと思っていた矢先、事態が好転するかもしれない。
「ラスムス殿があの場にいたことは、正直驚きましたが、こうして事を進めることができてホッとしております」
「ラスムスのことまで」
「これでも宮廷魔術師第一席ですからね。彼の素性のことも存じ上げていますよ。歴代の国王は、始祖の封印とラスムス殿のことを代々先代から教わるのです。私は国王からお聞きしました。無論、知っている人間はずいぶん限られていますが、理由は言うまでもないでしょう」
デニスの言う通り、ラスムスのことを知る人間は少ない方がいい。
彼自身が危険でなかったとしても、彼の生まれ、境遇、そして知識はひどく危険である。なによりも、長い年月を生きることのできる技術は、誰もが喉から手が出るほどほしいだろう。
できるのなら彼の存在は伏せている方がいいのだ。
「私も初めて聞いたときには耳を疑いました。マーフィーさまも、彼や始祖の存在には驚いたでしょう」
「ははは……短い時間で何度驚いたことか。――じゃなくって、今回の件を、ハーゲンドルフ公爵のことについて、なにか知っていることがあるんですか?」
デニスが事情に通じていたことも十分に驚くべき事案だが、今はそれよりも彼が直々に動いている理由を知りたい。
デニス・ベックマンは国王の懐刀だ。ゆえに宮廷魔術師でありながら、その存在が秘匿され、普段の彼はひとりの魔術師協会役員として働いている。実際は、魔術師協会会長でもあるのだが、彼は常に現場で働く事を信条としているらしい。
「そうですね、ではまずカサンドラ・ハーゲンドルフさまのお話からしましょう」
「お願いします」
「カサンドラさまは、若くして公爵家当主となったのですが、そこに至るまでに随分と肉親で争ったようです。もちろん、お家争いなど珍しくありません。とくに公爵家になると、いろいろと問題が絡みますので」
口にこそ出さないが、その通りだとジャレッドは思う。
オリヴィエ母娘が長年命を狙われていたのも、側室が我が子を当主にするために邪魔者を排除しようとしたものだった。それ以外に、正室であるハンネローネへの嫉妬、憎しみも混ざってはいたが、結局のところお家争いと言われてしまえばそれまでだ。
「ただ、カサンドラさまは魔術を使ってご兄弟を排除したと聞き及んでいるのです」
「それって、殺したってことですか?」
「いえ、ご兄弟はご存命している……と、聞いています。私自身が確認できていませんので確証はありませんが。それでも、生きてはいる、とのことです」
「……生きてはいる、ですか」
お家争いがおこれば、勝者と敗者が生まれる。勝者は当主となり、敗者は場合によるがだいたいが領地で隠遁生活だ。下手な場合は粛清されることがあるし、お家争い中に命を落とす場合もある。
争いさえ起きなければ、当主を兄弟が支えることもあるのだが、ハーゲンドルフ公爵家ではそれはないようだ。
カサンドラの兄弟は、デニスの言う通り死んではいないだろう。だが、ラスムスから聞いた家庭事情を顧みると、無事ではあるまい。
「実を言うと、カサンドラさまは魔術師として登録されていません。そもそも、魔術が使えることすら公言されていませんでした。あの方の場合は、魔術師として活動したことはありません。あくまでも公爵家当主なのですから、登録の必要はないのかもしれませんが、公言した方が都合がよい場合も多々あります」
現代社会において、魔術が衰退し、魔術師の数も減っている以上、魔術師であることはひとつのステータスである。魔力を一定以上持っているだけで、一般人が貴族に取り込まれることも珍しくない。
そんな社会で生きているからこそ、魔術師である事を公言することはメリットが多い。カサンドラのように若き公爵家当主なら、魔術師であればなにかと箔がつくものだ。
それをしないのは、隠しておきたい事情があるからか、それともまた別の理由があるのかもしれない。
始祖復活のために魔術師であることを隠していたのか、兄弟と戦う武器として秘匿していたのか。ジャレッドには見当もつかない。
「協会としては登録をしていただきたいのですが、実際、魔術を不必要とする方々もいるのです。カサンドラさまも魔術には興味がないとばかり思っていたのですが、違いました」
デニスの柔和な表情が渋いものへと変化していく。
「あのお方がハーゲンドルフ公爵家になって以来、魔術師協会との関係がよいものとなり、密になりました。積極的に会議にも参加してくださいましたし、魔術師への補償にも力を入れてくださっています。なぜ、そうまでして、と違和感はありました。ハーゲンドルフ公爵家はあくまでも魔術師協会の監視が役目ですので、今までカサンドラさまのようなご当主はいませんでした」
「随分と、協会内でも力があるみたいですね」
「はい。ここ数年、職員を懐柔してなにかを調べているようでした。それだけなら、まあ、目を瞑っても構わなかったのですが――」
「今回の件ですか?」
「それだけではありません。調べれば調べるほど、彼女はなにかをしている。その何かまでは掴めなかったのですが、ここ最近になってようやく動きが掴めたのです。いえ、違いますね、動きが雑になったと言うべきでしょう」
「雑、ですか? でも、またなんで?」
「私も疑問です。今までは静かに、極力痕跡を残さず動いていたカサンドラさまが、急に慌てたように動き出しました。いい例が、マーフィーさまの強引すぎる逮捕です。確かに、石化魔術が禁術指定にするべきだという議題はあがりました。ですが、可決さえ取っていません。しかし、あの方は、懐柔した職員を使って無理やり押し通したのです」
その結果が今のジャレッドだ。
「もちろん、あの方の独断ですし、そもそも逮捕権もなにもありません。ですが、マーフィーさまには申し訳ありませんが、好機だと思ったのです」
「あー、なんかそんな感じがしてきました」
「もうお分かりになったと思われますが、私はマーフィーさまを餌にしたのです」




