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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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21.後手3.



 部屋になだれ込んできた騎士を相手に、ジャレッドは鋭い眼光を飛ばした。


「人様の家に無遠慮だな。あんたら誰だ?」


 彼らの鎧は見覚えのあるものではない。先日、編成し直された魔術騎士団のものとは違った。

 すでに抜刀し、殺気立っていることを見ると、いつ襲いかかってもおかしくはない。

 自分のそばにオリヴィエがいないことに舌打ちをした。


「我らはハーゲンドルフ公爵家に使える騎士である!」

「……まさか、カサンドラの」

「貴様っ、我らの主人を呼び捨てにするとはなにごとかっ!」


 騎士の中でも、鎧に装飾は施されているひとりがこの中のリーダーなのだろう。代表して口を開く。


「おっとすまない。だけど、僕はカサンドラと知己でね。すまないが、なぜこんなことをするのか教えてくれないだろうか?」

「黙れっ!」


 再び口を開いたラスムスは、男の怒声とともに剣の柄で頰を殴られ床に倒れた。


「てめぇ!」

「見え透いた嘘をつくからこのようなことになるのだ。あの様な子供が、どうしてカサンドラ様と知り合えようか」


 ラスムスが五百年以上生きていることを、ジャレッドたちは知っているが、騎士たちは違う。仮に真実を伝えられたとしても嘘だと笑うか、怒るだろう。それほどまでに、寿命を克服するのは難しいのだ。


「まあ、しかたないよな」

「……そこはもっと味方をしてほしいな、ジャレッドくん」

「それで、いくら公爵家のお抱え騎士でも、ここだってアルウェイ公爵家の家だ。甲冑姿で、しかも抜刀までして乗り込んでくるなんて穏やかじゃねえだろ。まさかとは思うけど、オリヴィエさまたちに指一本も触れてねぇだろうな?」

「……ハンネローネ・アルウェイ様をはじめ、女性陣には触れてもいない。我々は任務のため、この場へ参上した」

「任務? その前に、面くらい見せろよ」

「失礼した。だが、貴方が我々に攻撃しない保証はない。宮廷魔術師を前に無防備になることは避けたい。理解していただけないだろうか?」

「いや、理解もなにも、俺にあんたたちを攻撃する理由がないんだけど?」

「それはまだ、私たちがなにをしにここにきたのかを知らないからだ」

「じゃあ、とっとと言えよ」


 そろそろこの中身のないやり取りを終わりにしたかった。

 騎士の言う通りにオリヴィエたちが無事か確かめたくもある。


「では、済ませてしまいましょう。ジャレッド・マーフィー様。貴方を、第一級危険指定魔術を無断使用した罪で逮捕します」

「――は?」


 なにを言われたのか理解ができなかった。

 ジャレッドだけではない、この場にいた誰もが、己の耳を疑った。


「俺が、逮捕されるって? しかも、禁術使用の罪で?」

「ご理解いただけて幸いです。どうか抵抗なさらない様にお願いします」


 騎士が手を挙げると、背後に控える騎士が二名、手錠を持ってジャレッドに近づいてくる。


「待て。待ちやがれ。俺は禁術なんて使っていない。なにかの間違いだ」

「ええ、先日まででしたら貴方は罪を犯していませんでした」

「どういう意味だ?」

「誠に残念でありますが、貴方が使う石化魔術が昨日、第一級危険指定魔術認定されたのです」


 ジャレッドは絶句する。まさか、そんなことが自分の知らない間に起きていたなど思ってもいなかった。

 第一級禁止指定魔術。通称禁術と呼ばれる魔術は、使用すると処罰の対象になる。

 周囲に害をもたらすもの、使用者に危害を与えるもの、などをはじめ、魔術師協会が危険と判断した魔術を使用禁止にする法律だ。


「ふざけんなよ……なにを勝手に……」

「残念ではありますが、上の決定です。我々は命令に従ったにすぎません」

「待て」


 今にも怒りで暴れだしそうなジャレッドをかばうように声をあげたのはプファイルだった。


「プファイル様には逮捕命令はありませんので、干渉しないでいただきたい」

「それはできない。お前たちは今、任務といったが、なぜハーゲンドルフ公爵家の騎士がジャレッドを逮捕しようと動く? この場合は、国か、魔術師協会が動くのは筋ではないか?」

「魔術師協会も、王立魔術騎士団も、ジャレッド様とは懇意すぎていますゆえ、我が主人が気を使ったのです」

「ジャレッドを逃さないようにか?」

「いいえ、その様なことは心配していません。顔見知りに逮捕させること避けようとしてくださいました、我が主人のお心遣いだとお考えください」

「ふん。ものは言いようだな。私たちが、いつ決まったのかわからない法で、ジャレッドを逮捕させると思っているのか?」

「無論、思っておりませぬ。ですが、もし抵抗があった場合、オリヴィエ・アルウェイ様をはじめとした関係者の逮捕をするように命じられています」

「……ほう」


 プファイルは目を細め、懐に手を忍ばせた。

 これ以上、会話するのは無駄だと判断したのだ。


「プファイル、やめてくれ」

「……っち。いいだろう。私はこの件には関係ないのだな?」

「もちろんです」

「ならば、退け。私は、ハンネさまたちの様子を見てこよう。ついてこいローザ」

「悪いな、プファイル」

「ふん。貴様のためではない」


 それだけ言うと、プファイルはローザを引き連れて部屋から出ていく。

 途中、わざとらしく騎士に肩をぶつけたのは、彼らしくないが苛立ちを紛らわせるためだろう。


「ジャレッド様、我々も手荒な真似はしたくありません。部下にも、あなたにも怪我をしてほしくないのです」

「……わかった。逮捕しろ」

「感謝します」


 ついに諦めたジャレッドに、一礼して騎士が手錠をはめる。

 その様子を黙って見ていたラスムスは、絶望した表情を浮かべ呟いた。


「最悪だ……完全に、後手に回ってしまった」





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