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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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20.後手2.



 婚約者の説得を受け、引き下がったオリヴィエは女性陣とともに食堂にいた。


「まったく、男たち……ひとり女性もいるけど、戦闘者ってみんなああよね」


 桃色の髪を振り乱したアルメイダが頰を膨らます。


「アルメイダさまは向こうでお話に加わらなくてよかったのですか?」

「私は今回の戦いに参加するつもりはないわ。それに、戦える人間がみんな向こうに行ってるんだから、万が一を考えてこちらにも誰かいないと困るでしょう?」


 この場には、竜の少女もいるが、やはりまだ子供だ。二ヶ月前の戦いでは、対策を施され捕まってしまたこともある。ならばアルメイダがこの場にいれば、よほどの人物が襲ってこない限り安心だ。


「まったくジャレッドは巻き込まれてばかりね。もっとも、私も同じ穴の狢だからとやかく言えないのだけどね」


 オリヴィエは年下にしか見えない少女にかける言葉が見つからない。

 今まではジャレッドの師として、年齢も経歴も不明だった彼女だが、ラスムスという魔導大国の最後の王子が現れたことで謎が少し解けた。


 驚くべきことに、アルメイダも、ここにはいないワハシュも、滅びた魔導大国に使える宮廷魔術師だった。さらに桃色の少女は、ハーフエルフでもある。


「アルメイダさまは、なぜずっと御隠れになっていたのですか?」

「正直ね、寿命を迎えるまで隠遁生活をしようかなって気持ちはあったの。でも、ジャレッドを拾って、才能に溢れた子だなってかわいくなっちゃって。でも、その弟子が勝手に出ていくわ、追いかけてみれば元同僚の孫だったし、と忙しいったらありゃしない」


 誤魔化すように微笑むアルメイダに、オリヴィエはそれ以上聞こうとはしなかった。

 本音を言えば、ラスムスと婚約者であることや、始祖に関することを聞いてみたいとは思う。だが、婚約者の師に失礼なことはできなかった。

 だが、


「アルメイダさま、さあ、こちらにお座りになって、ラスムスさまとのお話をお聞かせください」

「お、お母さま!?」

「ハンネローネさま……ちょ、手を引っ張らないでくださいっ」


 娘が色々聞きたいことを抑えていたというのに、好奇心に目を輝かせた母がアルメイダを椅子に座らせた。

 母だけではなく、妹をはじめこの場にいる皆がアルメイダとラスムスの元婚約者という関係に興味津々だった。


 はぁ、とオリヴィエはため息をつくと、静かに自分の椅子に腰掛ける。そして、耳を大きくして少女の言葉を待つ。

 結局のところ、オリヴィエもまたアルメイダの過去に興味津々なのだ。


「みんなして……あのねぇ」


 呆れたような困ったような表情を浮かべるアルメイダだったが、諦めたように語り出す。


「あまり特別なにかあったわけじゃないわ。当時、私は宮廷魔術師で、ラスムスさまは王子のひとりだったわ。あの時代、優れた魔術師は王族の結婚相手に選ばれることが多かったから、私も例外なく選ばれただけよ。自慢じゃないけど、女性魔術師の中では国で一、二を争う実力だったからね」


 おおーっ、と年若い少女たちが感嘆の声を漏らす。

 王子の婚約者だったこともそうだが、国で一、二を争う強さを持っていたという事実は、魅力的に映ったのだろう。


「アルメイダさまは、ラスムスさまをどう思っていらっしゃのですか?」

「ぐ、ぐいぐいきますね、ハンネローネさま……意外と、こういうお話はお好きなの?」

「大好きですわ!」

「そ、そう」


 気圧され気味なアルメイダを尻目に、母の知られざる趣味を知りオリヴィエは苦笑する。

 母の知らない一面を見ることができたのも、ジャレッドのおかげなのだ。


「私としてはラスムスさまは嫌いじゃなかったわよ。よくしてくださっていたし、幼い頃から知り合いだったというのもあるわね」

「幼馴染みですね! わたくしとお兄様みたいです!」


 食いついたのはイェニーだ。幼い頃からの知り合いという単語が気に入ったようだ。


「結婚は嫌じゃなかったわ。私の方が年上だったけど、長い人生でも人間らしく生きようと思っていたし。国が滅びる寸前まで、平和な日々が続くと思っていたからね。でも、実際は、あっけなく国は滅びたわ」


 過去を思い出すようなアルメイダに、明るかった雰囲気が霧散する。


「疑問なのですが、あなたやワハシュ殿のようにジャレッドさまでも太刀打ちできない魔術師が何人もいて、なぜ滅びたのですか?」


 疑問を口にしたのはエミーリアだ。彼女は魔術こそ使えないが、歴史に興味があり、過去に魔導大国について調べたこともあった。


「当時の平和でも、現代では殺伐としててね。戦えば勝利ばかりだったけど、敵も多くて多くて。宮廷魔術師も、精鋭たちも散り散りだったの。そこを一気に攻め滅ぼされちゃったって感じかな。内側に裏切り者もいたんだから、簡単だったと思うわ」


 その裏切り者こそ、かつて敵として現れたルーカス・ギャラガーである。


「その気になれば、私が敵国に攻め入ってもよかったんだけど、その場合はこっちが死ぬか、相手を全滅させるかの戦いになるわ。その覚悟はあったけど、ラスムスさまに止められちゃったね」


 その後、ラスムスをはじめ王家の人間を脱出させ、市民の避難誘導を優先した。

 戦うことに特化した宮廷魔術師たちが、満足に戦えずに国は滅びたのだ。

 アルメイダは魔導大国崩壊後、隠遁生活を送ることとなる。ワハシュは傭兵団を組織し、いずれそれが暗殺組織ヴァールトイフェルとなる。


 そして、導かれたように、現代に集ったのだ。

 果たして、偶然か、それとも始祖の呪いか。


「昔のことを悔いてもしかたがないわ。私たちは今を生きているのだから――しまった」

「アルメイダさま?」


 急に動きを止めたアルメイダに、オリヴィエが心配し、手を伸ばして空を切る。

 急に立ち上がった少女は、窓から外を眺め舌打ちをした。


「ラスムスさまの行動は筒抜けだったみたいね。後手に回ったわ」


 忌々しそうにアルメイダが表情を歪めたと同時に、玄関の扉を殴るようにノックする音が聞こえた。





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