14.始祖8.
「ありがとう、ジャレッドくん」
「私も同じく、協力してやろう。父上の仇だ」
「ワハシュくんは死んでないけどね、ありがとう。ローザくん」
「先ほども告げたばかりだが、ワハシュが関わっているのならば疑うことはしない。私の力も使うといい」
「プファイルくん、ありがとう」
ジャレッドだけではなく、強力な助っ人を得たことラスムスはそれぞれに感謝の言葉を告げていく。
そんな中、オリヴィエたち戦いに参加できない女性陣が不安そうにしているのを始祖の末裔は気付いたが、自分から厄介ごとに巻き込んだ自覚があるためかける言葉が見つからない。
気まずさを隠すこともあり、彼は続きを話し始めた。
「始祖がなぜ復活したいのかまでは僕にはわからない。生前できなかったことを成し遂げたいのか、それともなにか他の理由があるのか。予測ならできるし、代々言い伝えられていることもあるけど、それは放っておこう。要は、僕は始祖の復活を望まない。それだけさ」
「じゃあ、誰が復活させようとしてるんだよ? あんたみたいに子孫はまだいるんだろ?」
問うジャレッドにラスムスは頷いた。
「僕の集落……といっても、小さなものだけどね。魔導大国の子孫の中でも、血が濃い子や、魔導大国復活を願う子、現在のウェザード王国に不満を持つ子、不遇な人生を送ってきた子。色々な子がいるんだ。その中に、少々厄介な子がいてね」
「驚いたわ。集落なんてものがあるのね」
「危険ではないよ、オリヴィエくん。むしろ、ひとつに纏まっていなければ、ルーカス君のように暴走してしまうおそれがあったから集めたんだよ。困ったことに、その子は現在進行形で僕に魔導大国を復活させてほしいと願っている。でもね、同時に無理であることもわかっているんだ」
「なぜ無理だと言える? 貴様には父さえ従うのだろう。ならば例え血が流れようと、ウェザード王国程度簡単に乗っ取ることもできるだろう」
ローザの意見にジャレッドもまた同意見だった。
ラスムスの力こそ未知数ではあるが、ワハシュが彼に従い行動するのならば、ヴァールトイフェルがそのまま戦力になることになる。無論、ジャレッドをはじめ、宮廷魔術師たちが立ちふさがることになるが、負けるだろう。
宮廷魔術師の実力もまたジャレッドには未知数ではあるが、ワハシュには勝てないと思う。
「簡単なことさ、ローザくん。まず、僕にその気がない。次に、誰も彼もウェザード王国の血を引き、家族がいる子もいる。本当に魔導大国復活を望めば君の言うとおり血が流れてしまう。もしかしたら自分の家族が巻き込まれてしまう恐れだってある。ならば、行動に移せないだろう」
「……くだらん。要は口だけか」
「口だけになってくれるまで僕がどれだけ大変だったか。家族を作らせ、守ることを教えていったんだよ」
「まるであんたの子供だな」
「ふふふ、ジャレッド君の言うとおりかもしれないね。僕にとっては可愛い子孫だ。世話をしたら子供同然かな。だから、僕は子供たちに傷ついて欲しくない。いいじゃないか、魔導大国がなくなって、ウェザード王国で幸せになれるなら」
ラスムスの言葉に一同は驚く。
仮にも、滅んだとはいえ国の王子が、祖国を必要ないと言ったのだ。
「もっとも、僕が魔導大国の生き残りだと言っても誰も信じないさ」
「だろうな。あんたが生き残りだって告白しても、信じられないよな。もしくは、長生きの秘訣を知ろうと躍起になるかもしれないか。どちらにしても、魔導大国を復活させるのは難しいだろうな」
「うん、そういうこと。一応、信じているかどうかはさておき、ウェザード王国国王には僕の存在は知られている。彼は話がわかる子だから、僕が何もする気がないこともわかってくれていると思う」
「……国王は知ってるのかよ」
その上で放置しているのなら、我が国の国王は剛毅なものだと思わずにはいられない。
「トップシークレットだよ。きっとアルウェイ公爵だって僕のことは知らないはずだよ。なんせ魔術が全盛期だった頃の生き残りだからね。下手に存在が知られてしまえば、追われることになるかもしれないのさ」
口にこそ出しはしなかったが、ジャレッドはラスムスと同意見だった。
現代の魔術事情は暗い。ウェザード王国をはじめ、各国は魔術を高めたいと考えている。魔術師が減っていく昨今、なんとかして魔術師の質を高めたいと色々な試みが行われていた。そのひとつが、過去の再現だ。
最も魔術が栄えていた時代を紐解くことで、魔術を栄えさせたいと躍起になっている。
そんな彼らに、魔導大国の当時を知る生き残りがいると知られればどうなるのかは、火を見るよりも明らかだ。
もしもラスムスが魔道大国の生き残りだと公言すれば、欲を出した人間から狙われる。彼ならどうにかできるのかもしれないが、集落に我が子同然の人間がいるのなら、巻き込んでしまうことになる。
そうなってしまえば、血で血を洗う戦いが起こる可能性だってあるのだ。
「仮に、魔導大国の復活を認めてくれたとしても、技術の引き渡し、何処かの国の属国扱いが関の山だろうね」
「だけど、それはないだろ?」
「うん。ないね。とはいえ、ウェザード王国に関してはそんな心配はしてないよ。国王は僕のことを知っているって言ったけど、他の国でも僕の知己はいるよ。でも、なにもされず放っておいてくれる」
「それはどうしてだよ?」
「まあ、彼らが善人であるというのもひとつだけど、僕が始祖の封印のひとつを管理できるからっていうのが大きいかな」
「始祖の封印って、あれだろ、始祖の子供たちがしたやつだろ」
「そうさ。そこのおとこだかおんなだかわからない竜が言ってたよね。この国は竜の力を借りて始祖を封じたと。僕も少しだけ関わっているんだ。そこの彼だか彼女だかわからない竜とは面識がないけど、竜王ならよく知っているよ」
誰にでも温和なラスムスであるが、なぜか晴嵐には当たりが強い。「失礼ねっ」と頬を膨らませている竜はそっとしておくことにして、ジャレッドは一番の疑問をぶつけた。
「あんたさ、本当はなにがしたいんだ?」
「どういう意味かな?」
「始祖は封印できているらしいじゃないか。それで、器となりうるオリヴィエさまたちだって、体を使われないようになんとかなる。なら、俺の役割は?」
「うん、そうだね。言ってなかったね。いや、言いたくなかったっていうのが本音かな。でも、いつまでも避けて通れないから、ここではっきりと言っておくね」
ラスムスはジャレッドの目を見て、口を開いた。
「始祖復活を望む公爵を君に殺してほしい」
少年の瞳から、一筋の涙がこぼれた。




