11.始祖5.
「うっわ……面倒くせぇ」
ジャレッドは本音を隠そうともせず、心底嫌そうな顔をした。
彼だけではない。会話の邪魔をせず、耳を傾けることだけにしていたオリヴィエたちも、新たな厄介ごとの匂いにそれぞれ表情を曇らしている。
「……あなたたち、素直ね」
厄介ごとを持ってきたことを自覚している晴嵐ではあるが、誰もがあからさまに嫌な顔をしたのを見て苦笑さえできずにいた。
「ま、まあ、面倒だと思うのは同感よ」
「それで誰だよ、今更そんな馬鹿なことを考えている奴は」
「始祖の遠い末裔たちがこの国にひっそりと生きているわ。始祖の直系ではなく、彼女の周りにいた人間の子孫らしいけれど、まったく血の繋がりがないわけでもないらしいの」
「ウェザード王国に魔導大国の末裔がいるのか?」
「別に驚くことでもないでしょう。魔導大国はウェザード王国によって滅ぼされはしたけれど、原因を作った愚王はその後の賢王によって殺されたと言ったでしょう。賢王は愚王のしでかした責任をとるため、魔導大国に民を受け入れたのよ。もちろん、受け入れ拒否した人間もいるんでしょうけど、多くの人間はウェザード王国民になったわ」
そう言われれば納得できる。敗戦国はいつだって吸収されて終わりだ。
「国は監視をしてなかったのか?」
「する必要がなかったのよね。だって、末裔といっても、ウェザード王国の人間の血だって入っているし、もう何百年も前のことでしょう。どうして今更、という感じよ。それに、魔導大国の血を引く人間って多いのよ」
「そりゃそうだろ。純粋に魔導大国の人間だけで子孫を残すのって難しいはずだ」
不可能ではないが、人間同士の関係だ。当人の気持ちというものだってある。好きな相手と結ばれ愛を育むのに、生まれや血筋を気にするなどナンセンスである。
「私が危惧しているのは、末裔たちの中に始祖の直系がいるのよ。その子がどう動くのか私にはわからないの。だから、なにか厄介なことをされてしまう前に予防策をしようと思っているの」
「予防?」
「現在、始祖の器になる可能性が高い人間に封印を施しているわ。応急処置的なものだけど、よほどの解呪に優れた人間がいないかぎり自然に解けることはまずないわ」
「それなら安心か。それで、誰に予防措置をするんだ?」
竜の封印を解けるものなどそうそういない。人間と竜では地力が違いすぎるのだから。
封印さえしてしまえば問題ないのだろうと、安心しかけていたジャレッドに、
「オリヴィエ・アルウェイさま、エミーリア・アルウェイさま、イェニー・ダウムさまの三人よ」
「……おい、今、なんて言った?」
晴嵐の口から信じがたい名前が発せられた。
「わたくしと、エミーリアとイェニーが?」
「えっと、わたくしもですか?」
「……どういうことでしょうか」
名前を呼ばれた少女たちも信じられないとばかりに驚きの表情を浮かべている。
いや、彼女たちだけではない。例外なく、この場にいる全員が驚愕に包まれていた。
「どういうことなのでしょうか。今まで話していた始祖と、わたくしたちにどのような繋がりがあるというのか教えていただけますか?」
「もちろんですわ。隠すことなくお話しさせていただきます」
気丈にも問いただすオリヴィエ。彼女の顔には、嘘や隠し事は一切許さないと現れている。
残る少女二人も同じだ。不安こそ現れているが、真実を知りたいと瞳が訴えているのがよくわかった。
「血こそ薄いけど、アルウェイ公爵家の皆様は始祖の血を引いているわ」
「……そんな。では、お父さまやコンラートにも」
「ええ、間違いなく始祖の血は流れているでしょう。私の記憶が確かなら、始祖の子孫にあたる方をアルウェイ一族に迎えているのよ」
「知らなかったわ」
「無理もないでしょう。だって、五百年近く昔のことですし、始祖の復活に関してはごく限られた人間しか知らないことよ」
ついでとばかりに当時を知る晴嵐は、記憶を手繰るようにして語ってくれた。
魔導大国の貴族の多くに始祖の血が流れているという。それは、始祖直系の子供たちから枝分かれしていった血筋なのだろう。
当時のアルウェイ一族に、その時代の爵位を持つ貴族の娘が迎えられたという。その娘は、自国の民を受け入れてくれるウェザード王国に従順の意を示すためにも、政略結婚をしたという。当時、多くの魔導大国の貴族が、男女問わずウェザード王国の貴族と婚姻したらしい。
オリヴィエとエミーリアの先祖にあたる女性は、始祖の血を濃く引き継いでいたという。だが、世代を重ねるごとに始祖の血は薄くなっていき、現代ではその血にほとんど意味はないという。
だが、ときどき血に目覚める人間が生まれるらしい。それが、オリヴィエとエミーリアだというのだ。
「でも、わたくしたちは魔術はもちろん、魔力だって持っていないわ」
「そんなことは関係ないのよ。あくまでも始祖に近いということだけ。それが、唯一絶対の始祖復活のために器の条件なの」
「……あの、わたくしはアルウェイ公爵家とは関係ないのですが」
ダウム男爵家の孫娘であるイェニーが恐る恐る問うと「もちろん承知してます」と晴嵐が続ける。
「イェニーさまは、お母様の血縁が始祖に仕えていた巫女の直系の子孫に当たります。血という意味では、始祖がなくなった後に始祖の子孫と交わっているのですが、それよりも厄介なのが受け継がれている始祖の力でしょう」
「待って、晴嵐待って、お願い。話の展開についていけない。いろいろと聞きたいことはあるだけど、とりあえず――始祖の力ってなんだ?」




