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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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6.竜来訪6.



「――え? 嘘……本当にこの人が晴嵐なの?」

「じゃからそう言っておるではないか!」

「いやさ、だって……うっそだろぉ。これ、女装してるの? 男なの?」


 信じられないものを見たとばかりに目を見開くジャレッドに、晴嵐はにこやかに微笑み続ける。

 かつて死闘を繰り広げた竜の青年の面影など、まるで残っていない。

 外見だけの問題ではない。明確な死を覚悟させられた、研ぎ澄まされた殺意、荒々しい気性がなにも感じないのだ。

 ただ女装しているだけではない、晴嵐は心の内側まで変化していた。


「り、璃桜が俺を襲った理由が、晴嵐が俺に負けたせいで女になってしまったって……うわぁ、この目で見ても全然信じられない。まるで別人じゃん」

「そうじゃ! わかるじゃろ、妾がそなたをぶっ飛ばしたくなる理由も。今まで男らしかった兄上が、ジャレッドに負けてすっきりした顔をしているなと思っとったら、次の日女になっとるんじゃ! 八つ当たりだってしたくなる!」


 かろうじてかつて感じた魔力の力強さと、精霊が彼女の力に魅せられて寄ってくる様などから晴嵐だと認識できる。


 ――もう一度戦えと言われたら無理だろ、これ。


 あまりにも美女すぎて殴れない自信がある。

 必要とあらば敵対した人間は老若男女問わず割り切って殴り飛ばせるジャレッドではあるが、精巧な人形のような美しさを持つ晴嵐に攻撃することは難しそうだ。

 自分の一撃で、彼女の持つ美が崩れてしまうことになると思うと、どうしても躊躇が生まれるだろう。そもそも理由もないので、戦うつもりもないが。


「ほら、いい加減に落ち着きなさい。いつまでも璃桜のお兄様を立たせておくわけにはいかないわ。トレーネ、お茶を用意してちょうだい」

「かしこまりました、オリヴィエ様」


 公爵家令嬢の一声に、ジャレッドたちは一度口を閉じた。そして、彼女に促されるまま、テーブルへつく。


「ごめんなさいね、オリヴィエ殿。私のせいで慌ただしくなってしまって」

「お気になさらないでください。こちらこそ不躾な態度を謝罪いたしますわ。改めて、璃桜――こちらの美人な方が、あなたの言っていた兄上の晴嵐さまよね」

「……認めたくないが、うむ。そうじゃ」

「あら美人なんて嬉しいわ。オリヴィエ殿の美しさには負けますわ」

「ありがとうございます。その、竜の、しかも王族の方にお褒めいただけて光栄です。実を言うと、わたくしは晴嵐さまに一度お会いしたいと思っていました」

「そうなの? どうしてかしら?」

「璃桜はなかなか竜王国でのことを教えてくれませんから、お聞きしたかったのです。それと……ジャレッドも同じようにあまり過去を語ってくれませんので、一度戦ったというあなたから当時のジャレッドの話も聞ければ、と」


 オリヴィエの言葉に、ジャレッドと璃桜がそろって苦い顔をした。

 対し、晴嵐は笑みを深くする。


「噂と違って、実に可愛らしい方ですのね」

「……噂、ですか?」


 婚約者の噂と言われ、聞かずともわかった。


「誤解しないでくださいね。別に、オリヴィエ殿の噂が竜王国にまで流れているわけではありませんよ。ただ、ジャレッドの婚約者であるあなたのことを失礼ながら興味本位で調べていましたの。そうしたら色々と噂を聞きましたもので」

「お恥ずかしい限りです」

「こうしてお会いして、噂などあてにならないのだと痛感しましたわ。妹にもとてもよくしてくださっていることを聞いていたので、噂を鵜呑みにすることはありませんでしたが、やはりこうしてお会いできたことで安心しました」


 微笑んだ晴嵐に、ジャレッドはもちろんのこと、オリヴィエも安心した。

 良くも悪くもオリヴィエの評判は大きい。ジャレッドと出会う以前の彼女には仕方がないことだったと割り切っていても、家族同然の少女の身内の耳にまで届いているとどうしても困惑が生まれてしまう。

 悪く思われていないのが幸いだが、噂を聞いた人が皆、晴嵐のように理解がある方ばかりではないのだ。


 ――オリヴィエさまのためにも噂をどうにかしないとなぁ。


 実際、婚約者の噂は今までのように流れてはいない。彼女の母ハンネローネを狙っていた側室がいなくなったことで、彼女を貶めようとする噂が流れなくなったからだ。オリヴィエも悪評を利用する必要がなくなったことも大きい。


 ただし、全くないというわけではないのだ。

 これはひとえに、新たな宮廷魔術師を婚約者として迎えることができたオリヴィエに対する嫉妬も多分に含まれていることもある。

 正直なところ、解決は難しい。こればかりは時間が解決してくれることを願うほかない。

 とはいえ、ジャレッドとしては婚約者の悪評を払拭したいと思うのは、自然なことだった。


「そういえばさ、晴嵐……で、いいんだよな、お前はどんな用があってウィザード王国へ?」

「ちょっと厄介ごとがあってね」

「厄介ごとって、嫌な予感しかしないんだけど……」

「ふふっ、あなたたちだって無関係じゃないわよ」

「……うわぁ。急に、竜王国第一王子がくるときいて、胸騒ぎしてたんだよな」


 魔術師の予感はだいたい当たる。そんな噂があるが、できることなら外れて欲しかった。

 苦い笑みを浮かべるジャレッドに、晴嵐は弟を見るような瞳を向けると、


「まあ、せっかくだし、お話ししておこうかしら」


 よいタイミングでお茶を用意して戻ってきたトレーネからカップを受け取り、喉を潤すと語り出した。


「最初はね、厄介ごととか関係なくこちらにご挨拶しに来ようと思っていたの。家出娘がお世話になっているお礼を、ジャレッドの婚約者に会いたくてね。でも、第一王子という立場はいろいろと忙しくて。とくに、最近は私の美しさに驚いて両親が倒れて寝込んでしまったせいで、臨時国王代理まで勤めなければならなくて、自由らしい自由もなかったのよ」

「だーかーらー、父上と母上が倒れたのは、美しさじゃなく、兄上が姉上になってしまったからじゃ!」

「……今まで変わった方と会ってきたけれど、璃桜のお兄様もなかなか愉快な方ね」

「じゃからみんなに会わせたくなかったのじゃぁああああああああ!」

「お黙り、璃桜! こほん。それでね、ウェザード王国国王から、直々に竜王国に連絡があったの」

「国王から直接って……ああ、いや、でも、竜王国とは同盟を組んでるから珍しいことでもないのか?」

「そうね。連絡は定期的に取り合っているし、上層部も顔を合わせて会議を行うことは珍しくないわ。でもね、今回は、国王が国王へ直接の用事だったのよ。不幸なことに国王は臥せていたので国王代理の私がお相手したのだけど……」


 だからそれは兄上のせいじゃっ、と呟く璃桜を無視して、澄まし顔で晴嵐は続ける。


「オリヴィエ殿は公爵家だから隠す必要はないのだけど、ウェザード王国と私たち竜王国は、かつてひとつの目的を持って同盟を結んだの」

「えっと、その目的って俺たちが聞いてもいいの?」


 公爵家直系のオリヴィエとエミリーアや、正室のハンネローネならいざ知らず、この場には男爵家のジャレッドとイェニー、暗殺組織ヴァールトイフェルに属していたプファイルとローザ。メイドのトレーネという具合で、家族ではあるが公爵家に連なるものは意外と少ない。


「構わないわよ。特別隠していることでもないもの」


 だが、そんな心配をよそに、晴嵐は気にもしていない。オリヴィエに視線を向けると、なんのことだかわからないらしく首を傾げていた。


「この様子だと誰も知らないようね。じゃあ、話をする前に、聞いておくわね」


 一度、言葉を止め、再び紅茶を飲んだ晴嵐は、皆の視線が集まる中、静かに口を開いた。







「ねえ――始祖って知ってる?」






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