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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
九章

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4.竜来訪4.



「兄上? って、まさか晴嵐のこと?」

「そうじゃ、少し前に言ったではないか。兄上がこの国へきているのじゃと」

「そういえばそんなことを言っていた気がしたな」


 璃桜の言葉にジャレッドは思い出す。

 竜王国王子。幼い璃桜が国をひとりで出奔した理由。ジャレッドにとっては、かつて死闘を繰り広げた相手でもある。


 そんな晴嵐だが、ウェザード王国にきていると聞いたものの、それきりだった。璃桜は兄を屋敷に招きたいと言っていたが、その後とくになにかをいってくるわけでもない。

 てっきり多忙ゆえにこちらに来ることはないのだろう程度に考えて、そして忘れていた。


「あのね璃桜。わざわざ改まって、紹介したい人がいるなんて言うものだから驚いてしまったじゃない。あなたはわたくしたちの家族なのだから、遠慮せずに呼びたい人を呼びなさい」

「……オリヴィエ」

「それにあなたの家族ならわたくしたちにとっても大切な方よ」

「……ありがとうなのじゃ。じゃが、妾にも兄上を呼ぶ覚悟が必要じゃった」

「正直、聞くのが怖いのだけど、覚悟しなければ呼べないお兄さんって何者なのかしらね?」


 どこか遠い目をする璃桜に、オリヴィエが恐る恐る訪ねた。


「変態じゃ」

「……ごめんなさい。もう一度言ってもらえるかしら」

「変態なのじゃ!」

「あなたの、お兄さんが?」

「そうじゃ! 前にも言ったじゃろうが、かつての晴嵐兄上はかっこよく、男らしく、優しくもあり、尊敬する竜だった! じゃが! 今の兄上はなんじゃ!」


 音を立てて椅子から立ち上がると、頭を抱えて髪を振り乱し始める璃桜に、ジャレッドたちは言葉を失う。


「いきなり女として生きるわ、などと抜かしよって! 気づいたら美人になっとるし、父上も母上も気絶してしまうし、兄上の婚約者なんて代わりに男になろうとしたんじゃぞ!」

「……なんというか、なあ」

「……私に振るな。反応に困る」


 ジャレッドは偶然目が合ったプファイルに助けを求めようとするも、彼はそっぽを向いてしまった。関わりたくないという雰囲気を隠そうともしていない。


「無駄に美人になってしまったからタチが悪いのじゃ! 歴戦の戦士や、若き兵士が兄上に惚れてしまうとか……どんな悪夢じゃぁあああああああ!」


 叫びとともに炎まで吐き出した璃桜。だが、今度は床にうずくまり泣き始めた。


「もう嫌じゃ……先日、久しぶりに顔を合わせたが、磨きがかかっておった。もう声まで女じゃ……我ら竜が人の姿を持っているが、ああも変わるものなのか? もう妾の知る兄上は死んでしまったのじゃぁ」


 もともと感情的になりやすい子であることは、いきなり襲われた出会いを思い出せばわかる。しかし、この屋敷で一緒に生活するようになってからは、お行儀のいい子だった。

 手伝いは率先して行うし、わがままも言わない。甘えても構わないのだが、子供と呼ぶには少々大人びているのは、王女としてしつけられたからなのかもしれない。それでいて、遊ぶ時や、お菓子を食べる時のように子供らしい一面もたくさん見せてくれる。


 屋敷の住人たちにとって、たとえ竜であろうと、実年齢が年上であろうと、そんなことは関係ない。かわいい娘であり、妹。それが璃桜だった。


 ――誰かなんとかしろよぉ。


 だが、そんな璃桜が感情を爆発させておかしな言動をしているため、少年たちはつい見守る体勢から一歩を踏み出せないでいる。

 とくにジャレッドなどは、理由こそ知らないが、自分との戦いで晴嵐が女として生きるきっかけを見出したらしいので下手なことを言って竜の逆鱗に触れたくなかった。


 誰かに助けを求め視線を彷徨わせるも、誰ひとりとして目を合わせてくれない。がっくりうなだれた少年が、恐る恐る竜の少女に声をかけようとした。

 そのとき、


「ごめんくださーい」


 よく通る女性の声が、屋敷の中に木霊した。


「あら、誰かきたみたいね。約束はなかったと思うけれど」

「はい。本日、どなたも来客のご予定はありません」


 オリヴィエとトレーネが立ち上がり、訪問者を確かめに行こうとすると、


「待つのじゃ、オリヴィエ! トレーネ!」

「璃桜?」


 泣いていた少女が慌てて顔を上げ、真剣な表情で姉たちを呼び止める。


「ついに来てしまったのじゃな」

「きたって、誰が? あっ、まさか晴嵐を紹介するのって今日なの?」

「そう言っていたじゃ……いや、まだ言っておらんかったな。ま、まあ、じゃが、きてしまったものはしかたがない。事後報告になってしまってすまんが、兄上をそなたたちに紹介する。ただ……いろいろと覚悟してほしいのじゃ」

「……先に言ってくれよな」


 仮にも一国の王子を招くのに、なにも準備していない現状で出迎えて問題ないだろうかと頭を悩ませるジャレッドに対し、晴嵐のことをまるで知らないオリヴィエたちは、


 ――一体、どのような人物が現れるのだろうか?


 訪れたであろう璃桜の兄を招くため、戸惑いを抱きながらも玄関へ向かったのだった。




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