【間章9】オリヴィエと家族たち4.
「まったく今日は璃桜に驚かされたわ」
夜。オリヴィエの寝室で、日課となる婚約者との語らいの時間。
「あははは、まさか晴嵐の奴が竜王国を出てこっちにきているなんて予想もしていませんでしたよ」
決して甘い時間ではないが、オリヴィエにとってジャレッドと二人きりのこの時間はとても大切だった。
もう相思相愛である自覚があるため、一緒に寝てもいいのではと言ったことがあるが、意外と初心な少年は「ま、まだ早いです!」と目に見えた動揺をしたのは記憶に新しい。
普段大人びた雰囲気のジャレッドが見せてくれた子供っぽい一面に、ついからかってしまったのは家族には秘密だ。
オリヴィエとしては年頃の少年は、いろいろと思春期らしい反応をすると書物で学んでいたため、少々拍子抜けしていたりもする。だが、彼と二人で、一日に起きたことを語り合う時間はとても穏やかで心地いい。
「お礼が遅くなってしまったけど、ドレスをありがとう」
「いえいえ。オリヴィエさまたちに贈り物ができて俺も嬉しいですよ」
ベッドの上で二人して並んで座りながら、肩を寄せ合う。お互いの体温と息遣いがはっきりわかる距離がくすぐったくも、胸が温かくなる。
「わたくしはもちろん、みんな喜んでいるわ。でもよかったのかしら。あなたがご実家から自立するために貯めていたお金でしょう?」
「自立ですか……オリヴィエさまと出会ったばかりの頃が懐かしいです」
ジャレッドは遠い目をして過去を懐かしむように微笑む。
「あの頃は、冒険者になって、色々な国を転々としようと考えていたんですよね」
「そうだったわね」
「それが、いつの間にか宮廷魔術師なんて、人生何があるのかわかったものじゃないですね」
「ふふっ、そうよね。あなたのおかげでわたくしたち家族が救われるなんて、思ってもいなかったわ」
オリヴィエ自身、隣に座る少年をこんなにも深く愛することになるなど夢にも思わなかった。頑なに、母とトレーネだけいればいいと思っていた彼女はもういない。
ジャレッドだってそうだ。父親や側室との関係は最悪で、実家に近寄ることさえしなかった。今では、和解しきったわけではないが、ときどき父親から手紙は届くし、昔から良好な関係を築いている後妻と、その息子とは時間があれば顔を合わせてもいる。
二人が出会ったからこそ、今の関係がある。もしも、あの日、二人が出会わなければ――オリヴィエたちはヴァールトイフェルに殺されていたかもしれないし、ジャレッドは今この国にいなかっただろう。
無論、彼が解決した事件もどうなっていたのかわからない。もっと酷い結末を迎えていた可能性だってある。
――運命なんて信じていなかったけど、わたくしたちは出会うべくして出会ったのかもしれないわね。
だとすれば、彼に引き合わせてくれた運命や縁に心から感謝したいとオリヴィエは思った。
「お金なんて、とは流石に言いません。でも、貯めていても使っていませんでしたし、オリヴィエさまたちが喜んでくれたなら俺も嬉しいですから、使うときに使わないと」
ジャレッドもオリヴィエもお金を使うことはあまりない。
節約家ではないが、無駄に使うことをよしとしていないのだ。二人とも、育ちがそうさせたのだろうが、実に貴族らしくない。
貴族の子女が金遣いにだらしないとは言わないが、苦労したことがないため欲しいものを思いのまま買ってしまう傾向があることも事実だ。
ジャレッドとオリヴィエなら、貴族でなくても生きていけるだろう。むしろ、貴族という肩書きを面倒に思っていたりもするので、地位や肩書きに執着することもない。
とはいえ、ジャレッドが宮廷魔術師になったことで、伯爵家の位を与えられることになっているし、国から金を定期的に渡されることになる。結局、二人は貴族のままだし、関係も変わっていくことはないだろう。
「あら、わたくしを喜ばせることを言ってくれるのね」
「いつだって俺はオリヴィエさまを喜ばせたいと思っていますよ」
そんなことを言ってくれる年下の婚約者を微笑ましく思う。
初心ではあるものの、ここ数ヶ月でだいぶ口が上手くなった。
「じゃあ、そろそろわたくしのことをオリヴィエと呼んでもらおうかしら。きっとわたくしは今までにないほど喜ぶわよ」
「……えっと、その」
「なによ?」
「今まで隠していましたけど。実はですね……」
唯一不満があるとしたら、婚約者である自分のことを呼び捨てにしてくれないことだ。
もういい加減「オリヴィエ」と呼んでもらいたかった。ときどき、なにかの拍子で呼び捨てにされることはあるが、基本的に「オリヴィエさま」と呼ばれる。
彼なりに敬意を払っているのかもしれないし、そう呼ばれることは嫌いじゃないが、少々距離を感じないわけでもないのだ。
「――しいんです」
「聞こえないわ。はっきりと言いなさい」
「恥ずかしいんです!」
「……ごめんなさい、わたくし耳が悪くなってしまったみたいね。申し訳ないけれど、もう一度言ってもらえないかしら」
小刻みに震える少年の顔を覗き見ると、羞恥なのか赤く染まっている。
だが、まさか、数々の敵と戦い、何度も命を救ってくれた彼が、自分の名前を呼び捨てにすることが――恥ずかしいなんて。
「だからっ、オリヴィエさまのことを呼び捨てにするのが恥ずかしいんですよ!」
「……へたれ」
「ひどいっ!」
顔を覆ってしまった婚約者に、つい呆れた表情を浮かべてしまうオリヴィエ。
――ちょっとジャレッドのことがわからないわ。
なにを今更恥ずかしがることがあるのか理解不能だが、そんな理由で今まで名前を呼び捨てにされていなかったのかと思うと、呆れてしまう。
どうしても名を呼び捨てて欲しいオリヴィエは、ジャレッド相手に奮闘するも、頑なに抵抗されてしまった。
結局、結婚したら「オリヴィエ」と呼ぶことを約束させるのに、二人は夜中まで戦ったのだった。




