【間章9】オリヴィエと家族たち3.
「オリヴィエたちばかりズルいのじゃ!」
夕食の席で大いに不満を爆発させたのは竜の少女璃桜だった。
最近、街へ出ていることが多い少女は、自分が留守にしている間にドレスを仕立ててもらえなかったことが不満だったのだ。
「うむ。それには同意だ。ジャレッドが金を出してくれるのなら是非私もお願いしたい」
そう璃桜に続いたのはローザ・ローエンだ。
彼女は暗殺組織ヴァールトイフェルの戦闘者だが、現在は組織が静かに解散したこともあり、ウエイトレスを本業としている。近々、店を経営していた組織の協力者が年齢を理由に引退することから、店を引き継ぎ店長になる予定らしい。
その傍らで、時間を見つけては相思相愛の少年コンラート・アルウェイに魔術の手ほどきをしてもいる。
オリヴィエの弟であり、ジャレッドから魔術を学んでいるコンラートだが、同じ炎属性のローザから学ぶことは多いようだ。とくに想い人でもあるため彼女を前にして頑張りは倍のようだ。
彼の母とも関係は良好であり、オリヴィエたちの知らぬうちに弟と親しくしているローザは幸せそうだった。
わざわざジャレッドとオリヴィエに頭を下げ、コンラートに魔術を教えたいと申し出たときはどうなるかと思ったが、相性はいいようで弟の魔術師としての実力はぐんぐん伸びていると聞く。
「あらあら、じゃあ私にもお願いしたいかなー」
柔らかな笑顔を浮かべ便乗するのはアルメイダ。ジャレッドの師匠であり、命の恩人でもある彼女はかわいらしい十代半ばほどの少女だ。だが、見た目に反し、実際はオリヴィエたちよりも年上だという。
そんなアルメイダはからかうような瞳を愛弟子に向けていることに気づき、オリヴィエの胸がもやっとする。この年齢の不詳女少女はジャレッドと誰よりも距離が近いと思うことがある。
彼と寝食をともにしていたこともあり、姉弟のようにも母子のようにも感じることが度々ある。その一方で、ときおりアルメイダが女として弟子を見ていることにオリヴィエをはじめとした女性陣は気づいていたりもする。
「妾たちにもドレスを作ることを要求するのじゃ!」
「わかってるって。今日家にいなかったみんなにも後日仕立て屋さんにきてもらうことになってるから、そう膨れるなよ」
ご危険ななめの妹分に苦笑を向けるジャレッドに、オリヴィエも続ける。
「もう璃桜ったら。そんなに頰を膨らませなくてもいいじゃないの。ねえ、ジャレッド」
「そもそも、お前は昼間にどこに行ってたんだ? 最近、街にちょこちょこでかけているみたいだけど、誰かついて行かなくてもいいのか?」
璃桜だってジャレッドが家族の中で贔屓することなどないことはわかっているのだろうが、自分の知らないところで楽しいイベントを逃してしまったことが悔しいのだろう。そういうところは竜であろうと長生きであろうと、外見相応に思えて微笑ましい。
ジャレッドだって、璃桜だけではなくローザとアルメイダはもちろん、この場にいないリリーやエルネスタの秘書官二人にもドレスをプレゼントしようとしていた。
意外と女性陣への気遣いに手を抜かない婚約者に、オリヴィエは感心してもいた。
「そ、それはじゃな、その、そうじゃ、ちょっとした友人ができたんじゃ! それでその者と一緒に街で遊んでいるんじゃ」
「……なんだか怪しいな。まさかとは思うけど、彼氏ができたんじゃないんだろうな?」
彼氏、という単語に女性陣がびくりと反応してしまった。
オリヴィエの脳裏には、年頃の少年少女が手をつなぐ姿――ではなく、なぜか成人男性が幼い璃桜の手を引いている姿だ。実に微笑ましくない。
少女に彼氏ができれば、最近、目に見えて璃桜を妹として扱っているジャレッドがどう行動するのか心配である。それ以上に、竜王国の姫君が簡単に恋愛などしてもいいのだろうかと疑問にも思う。もちろん、恋愛は自由にするべきだと思うが、あとで身分のせいで引き裂かれてしまう可能性がないわけでもないと考えると、大人として見守るべきか、たしなめるべきなのか迷う。
「ばっ、馬鹿者! そんな、彼氏など妾にはおらん! 本当に友人じゃ!」
「仲のいい子を作るなって言ってるわけじゃないぞ。ただ、そういう子がいるならちゃんと紹介して欲しいってだけだ。うん」
「わかってるのじゃ。では今度、友人をこの屋敷に招かせてもらうぞ!」
頰を膨らませていたはずの璃桜だったが、屋敷に友人を招くことができると知ると、笑顔となる。
いつの間に友人を作っていたのか気にもなるが、なんだかんだと屋敷に招くことを遠慮していたのだろう。普段の言動こそ外見相応の子供ではあるが、オリヴィエやハンネローネに対する遠慮があるのかもしれない。
ジャレッドなどにはまったく遠慮がないため、そのことを羨ましく思っている女性陣は多い。
兄の仇だと八つ当たり同然にジャレッドを襲った璃桜だからこそ、今も遠慮がなく接することができるのだろう。そして、そんな璃桜だからこそジャレッドも妹のようにかわいがるのだ。
婚約者の次に竜の少女と親しいのは、ここにはいないエミーリアだったりする。一緒に暮らすようになって知ったのだが、妹は意外と誰かと親しくなるのが得意のようだ。今ではイェニーと親友同然であり、今日を含め度々ダウム男爵家に泊まりにいく。向こうの屋敷でも娘同然に可愛がられており、ダウム男爵が直々にアルウェイ公爵に屋敷に招く許可をもらいにいくほどだ。
かつてオリヴィエに嫉妬し、嫌がらせをしていた少女はもういない。今では素直な女の子として、公爵家など関係なく生きている。それが姉として喜ばしい。
「そうじゃった。その、実はずっと言おうか言うまいか迷っていたのじゃが……オリヴィエたちに伺いたいことがあったのじゃ?」
「あら、なにかしら?」
「今、友人を招いていいと言われたが……他の者を招いても構わんか? いや、駄目なら駄目と言ってくれ。むしろ駄目だと言われたほうが妾的には都合がいいんじゃが」
「……なにを言いたいのかわからないのだけど、誰かお招きしたい方がいるの? 構わないわよ。ねえ、お母さま?」
「もちろんよ。璃桜ちゃんのお友達なら、わたくしたちにとっても大切な方なのだから遠慮などしないでね」
「う、うむ。ありがとう。じゃが、迷惑ではないか?」
「だからそんな遠慮しないでちょうだい。家族じゃない」
「そうよ。遠慮なんてされたらおばさん悲しいわ」
控えめに尋ねる璃桜ではあるが、どこか断って欲しいように聞こえるのは気のせいだろうかとオリヴィエは内心首を傾げた。
「ところで、璃桜ちゃんはどなたをお招きしたいの?」
ハンネローネが楽しみだと言わんばかりに、璃桜に問いかけると、少女は苦みばしった顔をして小さく呟いた。
「兄上じゃ」




