【間章8】婚約者の祖父3.
「私は今までのことを反省した。自分の目的のために立ち上げた組織でありながら、他人に任せすぎたと。ゆえに、清算するべきだと考えている」
予想もしていなかった言葉に、オリヴィエは驚き目を大きくする。
「組織を、解散なさるつもりですか?」
「長年君と家族を苦しめた組織だ。そのほうがよいだろう。ありがたいことに、この国で私の部下たちを引き受けてもらえる手筈になっている。国に属したくない者もいるだろうが、その者たちの今後は一緒に考えていくつもりだ」
ヴァールトイフェルの解散を考えていたこともだが、それ以上に、ウェザード王国が暗殺者を受け入れようとしていることにも驚愕を隠せない。
「プファイルとローザはどうされるおつもりですか?」
「ふたりとも愛する者を見つけたようだ。ならば、本人たちが思うままに生きるだろう。私もそう望んでいる」
そこで、ふと言葉を止めたワハシュは少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「ローザが懸想している相手は、君の弟君だと聞いている」
「もとは弟のほうからローザを好きになったようです。今では相思相愛のようで、弟の母ともよい関係を築けているそうです」
「そうか。戦闘ばかりの日々を送っていた娘だったが、今は人並みのことを味わうことができていてなによりだ」
ワハシュがわずかに目尻を下げた気がした。
組織の長としてではなく、ひとりの父親として娘の幸せを願っているように、オリヴィエには見えた。
「わたくしも、弟とローザがうまくいってくれることを願っていますわ」
「ありがとう。聞けば、プファイルも親しい女性がいるようだな」
「ええ、よい方です。わたくしもジャレッドも家族のように思っています」
「ならばプファイルを任せても安心だろう」
先の一件で操られたせいでオリヴィエとジャレッドがとらわれてしまうきっかけを作ってしまったエルネスタは、今も責任を感じている。
プファイルをはじめ、立場上の上司にあたるジャレッドや、危険な目にあったオリヴィエ、そして家族と思っているハンネローネをはじめとする屋敷の人間たちから励まされ、ようやく秘書官として復帰を果たしていた。
それでも負い目はなかなか消えないようでこの屋敷にも以前のように足を運ぶことはなくなった。皆無ではないが、何度か誘ってもたまにしか顔を出してくれない。
時間が解決してくれるだろうと、と祈ることしかできないオリヴィエたちは少々もどかしい思いをしていた。だが、懸命に彼女の力になろうとしているプファイルのおかげで、最近では笑顔も取り戻しているので、以前のエルネスタに戻るのもそう遠くはないだろう。
「プファイルといえば、宮廷魔術師の打診があったそうだ。この国も剛毅なことをすると感心するが、あの子自身は前向きに検討していることが喜ばしい」
「ですが、その、ローザもプファイルもお爺さまの後継者だったはずでは?」
いくらワハシュが組織を解散させようと考えているとはいえ、自らの後継者がウェザード王国の関係者になってしまうのはよいのだろうかとオリヴィエは問う。
「かまわんさ」
だが、予想外にも、ワハシュはあっさりとしていた。
「私には二人のほかにも後継者はいたが、私を裏切った。裏切られるような男の後継者になる必要はない。幸い、技術は伝えてある。それを二人が自分や家族のために使ってくれればそれでいいのだよ」
「……お爺さま」
「二人に明るい未来があることが喜ばしい。あの子たちは今も君の世話になり、これからも迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
「ええ、もちろんですわ。二人は大切な家族ですから」
「……君のように血の繋がりのない人間をためらうことなく家族と呼ぶことのできる女性が、孫の婚約者でよかったと心から思う。――どうか、孫のことをお願いする」
そう言って、深々と頭を下げたワハシュにオリヴィエははっきりした声で返事をしたのだった。




