【間章5】プファイルの恋の行方とこれから2.
「私への宮廷魔術魔術師の打診といい、この国の王はずいぶんおもしろい人間のようですね」
「そのようだ。無論、ことは秘密裏に行われるが、これからを考えるなら、受けるべきかもしれない」
「ワハシュ、あなたは組織をどうするつもりですか?」
「望む者はこの国に仕えればいい。組織に残る者がいるのなら、その者たちとこの国と契約する形で傭兵となるのもよかろう」
ワハシュの真意がわからず、顔にこそ出ないが戸惑いがある。だが、プファイルの答えは決まっていた。
「それがあなたの望みであるのなら、私は従いましょう」
「いいや、お前には宮廷魔術師になってもらいたい」
「……なぜ、でしょうか?」
「ローザから聞いている。愛する女性がいると。お前は幼い頃から今までよく仕えてくれた。そろそろ自分のために生きてもいいだろう」
「私にはあなたに大恩があります」
「お前たち姉弟を救ったことに感謝しているのなら――」
「いいえ、違います。あなたは我が姉が生きていることを承知しながら、見逃してくださいました。この恩だけは、命に代えても返さねばなりません」
「気づいていたのか」
プファイルの姉は、まだ幼い頃任務によって死亡した。
死亡した、と思われていた。しかし、違った。生きていた。そのことを知ったのは、プファイルがジャレッドと戦った後だ。
死にかけたせいか、記憶を失い、新しい名前をもらって生きていた。
苦労はしているが、暗殺者よりもずっといい。姉同然、母同然の人に囲まれて、小さな幸せを得ていた。
姉の今の名は――トレーネ・グラスラー。
プファイルと同じ青い髪を持つ、オリヴィエに仕えるメイドであり、家族だ。
「まさかと思いました。私が殺そうとしたオリヴィエ・アルウェイと家族になっていたとは夢にも思わず。もっとも、ジャレッドに敗北した後に、気づきましたが」
「さぞかし安心しただろう」
「……正直に言ってしまえば、あの日、あの戦いで、私がジャレッドに敗北したことを感謝しています。もし、私が勝利していれば、オリヴィエはもちろん、トレーネのことを姉と気付かず殺していたでしょう」
そんなことをしてしまえば後悔どころではない。
オリヴィエの屋敷で一緒に住まうようになり、なにかとトレーネの手伝いをしていて、ちょっとした仕草や動きに懐かしさを覚えていた。
容姿が似ているとオリヴィエやハンネローネに指摘されたこともあった。
一緒にいる時間が長かったのですぐに姉だと気づくことができた。弟だと打ち明けたい衝動もあったが、記憶をなくし、新しい人生を歩む姉のことを邪魔したくはなかったのだ。
自分たちヴァールトイフェルを含め、側室のせいで命を狙われてはいる者の、暗殺者よりもいい人生だということはすぐにわかったから。
オリヴィエは実の妹のように、ハンネローネは我が子同然に、トレーネを愛してくれている。ならば、記憶にさえ残っていない弟などいないほうがいい。
そして、プファイルは陰ながら姉を想うことにした。
先日、オリヴィエがさらわれた一件も、彼女に世話になっている恩義もあったし、ジャレッドのためもあった。エルネスタが拐かされたことも理由にある。だが、姉が悲しまないようにしたかったという思いもあったのだ。
「姉のそばにいてやるといい。その資格はある」
「ですが」
「私からお前の姉になにかすることはないと約束しよう。今までお前が尽くしてくれたことを考えれば、当たり前のことだ」
「……ワハシュ」
「我が後継者プファイルよ、後悔しないように進むべき道を選べ」
ワハシュはそれだけ言うと、プファイルに背を向けて歩き出す。
彼の背中を見つめていたプファイルは、静かに頭を下げたのだった。




