【間章3】ヘリング家の事情5.
「お、お待ちください、ユマナさま。任せるとはどういうことでしょうか?」
「あなたにラウレンツの妻になって欲しいの」
「わ、私がですか!? あの、それは、恐れ多いと言いますか、私などでは不釣り合いです」
「自分を卑下するような言い方はやめなさい。私はあなたがラウレンツに相応しくないなんて一度たりとも思ったことはないわ」
「……ユマナさま」
「あなたのことは幼い頃からよく知っているわ。ラウレンツのことを昔から支えてくれたあなたを信頼しているし、息子を安心して任せられるわ」
ベルタは驚いた。まさか、ユマナがそこまで自分のことを評価してくれているとは思わなかったのだ。
「それに、あなたは息子を慕っているでしょう」
「――っ、それは」
「隠さなくてもいいのよ。あなたの想いは純粋で、母親としても嬉しいの」
「……はい。私は、ラウレンツさまをお慕いしています」
実を言うと、自分の恋心を一番隠しておかなければならない相手はユマナだと思っていた。
一人息子の家臣が、あろうことか使える主人に想いを抱いてしまうなど、許されないことだと考えていたのだ。
ユマナに知られてしまえば、ラウレンツと引き離されてしまう。そんな心配がずっとあったのだが、まさかこうも許されるとは思っていなかった。
「ならいいじゃない。私はね、前々からあなたのことを気に入っていたのよ」
恋心を吐露して緊張気味のベルタを落ち着かせるように、ユマナは優しく微笑んだ。
「私って感情的になりやすいでしょう。そのせいで陰口を叩かれていることは知っていたけれど、そんな私にも誠意と敬意をもって接してくれたあなたのことは好きだし、自分の娘のように思っているの」
「……ユマナさま……恐れ多いです」
「だから、ラウレンツと結婚して本当の娘になってくれれば嬉しいの」
真摯に心内を明かしてくれるユマナに、ベルタは驚きと感謝を抱く。
まさか娘のように思ってくれていたと言われるなど、夢にも思っていなかった。
確かに、ユマナ自身が言うように、感情的になりやすく、特にラウレンツのことになると過剰に反応してしまう彼女のことを、家臣の中には悪く言う者もいるのは事実だった。
ベルタから見ても、神経質な一面も見えるユマナだが、決して悪人ではない。よくも悪くも息子が大事なのだ。それについては、ベルタだって主人がなによりも大事なので、反対するどころか大賛成である。
そんなベルタだからこそ、ユマナと相性がいいのかもしれない。幼い頃からラウレンツの傍にいるが、同時にユマナの相手になるよう期待されているのは薄々気づいていた。
多くの家人、家臣がいる中で、ユマナはベルタが一番のお気に入りで、可愛がっている。というのが家の人間の認識だった。
だが、当の本人からすれば、あくまでも分家の娘として気に入られている程度だと思っていたのだ。そのため、彼女の気持ちを知れて嬉しい。
ラウレンツのことを大事に思うベルタにとって、息子をとても大切にしているユマナのことも、同じように好きだったのだから。
「あなたが子供の頃から息子のことを愛しているなら、どうかあの子の妻となって支えてあげてちょうだい」
「お気持ちとても嬉しいです。しかし、ラウレンツさまご自身のお気持ちが……」
愛する主人の妻として迎えられるのであればどれだけ嬉しいだろう。だが、不安もある。それはラウレンツの気持ちだ。彼に誰か好きな人がいたりすれば、知らないところで妻になるなどという話は不快でしかないだろう。そのせいで嫌われてしまうなどしたくない。
また、彼の知らぬところで勝手に話を進めていることに後ろめたさも覚えるのだ。
彼と人生を共に歩めるのであれば、どんなことでもしたい。それでも、ラウレンツの幸せが一番なのだ。
自分と結婚したせいで不幸になってしまったら、一生後悔することになる。
だからせめて、ラウレンツの気持ちだけでも確認したかった。
「そう、そうよね。やっぱり女の子だから、相手の気持ちが気になってしまうわよね」
ユマナはベルタの不安を読み取り、察した。
世代は違うとはいえ、同じ女だ。愛する人の気持ちをないがしろにして自分だけが幸せになれればそれでいいとは思わないのだろうとわかる。そもそも、ベルタがそんな子ではないとよく知っているからこそ、彼女のことが好きで、息子の嫁に迎えたいのだ。
「わかりました。では、私からあなたのことをラウレンツに聞いてみましょう」
「いいのですか?」
「もちろんよ。どちらにせよ、縁談の話をしなければならなかったの。私はあなたの味方だから、もしあの子があなたを受け入れてくれるのなら、ベルタも素直に受け入れてね。あなただって、誰ともわからない相手がラウレンツの妻になるのは嫌でしょう?」
「それは……はい」
今さら感情を隠してもしかたがないとわかっていたので、ベルタは素直に返事をした。
ラウレンツにとって条件のいい相手なら、望んで身を引くが、そうじゃなければ負けたくない。
ユマナに認められた今、ベルタの中で、ラウレンツを欲する気持ちが生まれたのだった。




