【間章】事件のあと2.
「続けて、加担した生徒たちの処遇についてだ」
「すでに捕縛された生徒たちのご家族から許しを請う嘆願も届いています。残念なことに、親が加担している場合もあり、扱いに困っているのが現状です」
と、デニスの言葉に、国王が頷き続ける。
「カサンドラの訴えもあるので可能であるなら子供たちには再起のチャンスを与えたい。だからといって、簡単に許せることでもない」
甘言に騙されようと、国家反逆に加担した罪はあまりにも大きい。今でこそ、失敗に終わっているものの、反逆が成功していればこの場にいる国王を含め命の危機があったことは言うまでもない。
現にルーカス・ギャラガーは明確な殺意を王家に向けていた。
子を思う気持ちはわかるし、親族の嘆願も叶えてやりたい気持ちは国王にも、この場に集まる人間すべてにもある。だが、事が事故に、はいそうですか、と簡単に承諾することはできないのだ。
「私からもいいかな?」
「どうぞキルシ・サンタラ様」
「デニス殿に様と呼ばれるとくすぐったいものがあるね。まあ、それはさておき。私は宮廷魔術師としても、ひとりの教師としてもお願いしたい。罪に問うなというつもりはないが、生徒たちにチャンスを与えてほしい。彼らはまだ若い。どうしても不平不満を覚える時期だ。あなたたちにも覚えがあるだろう。そこをレナード・ギャラガーに利用されてしまったのだ。王立魔術師団団長という上に立つ者が魔術師のためになどと立ち上がる姿を見せられれば、たとえそれが絵空事だとしても英雄に見えてしまったのだろう。国王様、公爵家、侯爵家の皆様方、どうか寛大なご処置をお願いする」
普段と違い、立場相応の出で立ちで会議に挑んだキルシは、生徒のために少しでも尽力しようとしていた。無論、生徒にも責任があり、反逆に加担した罪はあまりにも大きい。だからといって、まだ未成年を大人たちと一緒に死罪とするわけにもいかないのだ。
生徒の中には、甘言に惑わされておらず、自分の意思で反逆に手を染めた者もいるが、それ以外の生徒は流されてしまったに過ぎない。
罰は受けるべきだ。しかし、やり直すチャンスも与えられるべきだ。
「私もサンタラ殿同様に生徒たちには寛大な処置をお願いしたいです」
「同感です。まだ未成年ということも考慮してあげてもいいのではないかと思います」
二人の宮廷魔術師、トレス・ブラウエルとアデリナ・ビショフもキルシの意見に賛同する。
彼らは先に起きた、宮廷魔術師候補殺害事件で責任を取ろうとして許された身である。だからだろうか、生徒に対する処罰においても、最初から寛大さを訴えていた。
「……魔術師は魔術師を庇うのか、と言ってやりたいのだが、貴様らはそういう人間ではないと知っているのでな。国王よ、確かに厳しい処罰は必要だが厳しすぎると民から不満が出る。しかも数が数だ。未成年をすべて死罪にできまい」
魔術師嫌いのドミニクがキルシたちに賛同を見せたことで話の流れが決まった。
「機会を与えるのも構わんが、一度でも反逆に加担した以上将来どれだけ優れた人材になろうと国家機関に就かせることは心配でもある。だが、将来を狭めるのであれば、寛大な処置を与えるのが妥当だろう」
反論の声はない。それだけのことを生徒はしてしまったのだ。なによりも実際に襲撃に加担した生徒もいるし、中にはギャラガー親子が敗北すると逃げ出した生徒もいる。
一度は加わった者の、すぐに誤りに気づき抜けた者は軽い処罰でもいいだろうが、最後まで反逆行為に手を貸した生徒は相応の罰が待っていた。
会議が続き、生徒たちに対する結論が出た。
「今回の一件に加担した生徒だが、レナード・ギャラガーに操られたことを考量して大きな罪には問わない。だが、各学園を退学処分とし、以後、国に関する役職、仕事に就かせることはない。名を変えようと、身分を変えようと、それは変わらない。自分のしたことの重大さを自覚させ、深く反省させることが必要だ。また、生徒の態度によっては強制収容か、家族の監視下に置くかを決めることとする」
反省さえしていれば、とりあえずは家に帰ることはできる。しかし、国に逆らったのだから国に直接使える仕事に就くことはできないという罰則がある以上、魔術師だろうとなかろうと将来は半分ほど閉ざされたと言っても過言ではない。
待遇を改善しようとした生徒たちは、自分たちの手によって首を絞め、学園を退学、魔術師として目指していた将来の夢もすべて砕かれる結果となった。
しかし、死罪よりはマシだ。
「感謝します、国王様」
キルシを筆頭に、宮廷魔術師と女公爵が頭をさげた。
厳しい罰が与えられることとなったが、それでもまだやり直しは効くのだから。
「では、次の議題だ。デニス」
「はい。続けて、王立魔術師団に関してです。レナード前団長に従わなかった団員は五十名ですが、これでは王立魔術師団として機能しません。ですが、レナードではなく、国に従った団員たちのためにも早い立て直しが必要であると考えられます」
「国王として国への忠誠を忘れなかった者たちへ感謝している。だからこそ、彼らのためにも一刻も早く魔術師団を立て直し、裏切り者とは違うことを民に知らせたいと考えている」
国への忠誠を守り続けた団員たちは、宮廷魔術師の指示のもと同じ王立騎士団たちと戦うこととなった。
王立魔術師団の多くが反逆者になってしまったせいで、誰もが本当の意味で信じていいのか迷ったこともあり、王宮や公爵家の守護は任されることはなかったが、彼らは不満を口にすることなく、国に尽くす守り手としてかつての同僚と戦い、捕縛した。
その甲斐あって、今では彼らを国の誇り、魔術師の鏡という声もある。とくに不仲であるはずの騎士団から忠義を尽くしたことに対する賞賛の声は厚い。
忠義を信条とする騎士団から見て、国に従った王立魔術師団五十名は自分たちと同じ忠義者と認められたのだろう。
「国王様、よろしいでしょうか?」
「構わない。むしろ、騎士団長の君から意見を聞かせてほしい」
手を挙げたのは、王立騎士団団長のエイブラハム・シンクレアだった。
「王立魔術師団団員として国に忠義を尽くした者たちのために立て直したいと考える国王様のお気持ちは痛いほどわかります。が、しかしながら、すでにレナード・ギャラガー前魔術師団団長をはじめとする反逆者たちの行動は、いくら水面下であったとはいえ民に広がりつつあります。ならば、王立魔術師団という名を変えるところからはじめたほうがよろしいかと思われます」
彼は王立騎士団長であると同時に、シンクレア侯爵家当主でもある。
齢五十八歳でありながら、ウェザード王国最強の剣士として君臨し、常に最前線で戦う姿は騎士を目指す子供たちに多大な人気を誇っている。
また侯爵として善政を敷き、領民から慕われ、領地の子供たちに武芸を教えてもおり、領地では「先生」と呼び慕われている。王都でもその人気は健在で、彼に憧れて騎士を目指す者はあとをたたない。
魔術師を嫌う傾向にある騎士団の長でありながら、魔術師に偏見を持たず、反逆前のレナードとも有効な関係を築いていた。
一方、若い頃は「修羅」と呼ばれ同じく「剣鬼」と呼ばれた直属の部下とともに周辺諸国を震え上がらせていた逸話もある。
老いて落ち着いたとはいえ、その実力は今も健在であり、国防を似合う騎士団の長にふさわしい、義と技を兼ね揃えた人物だ。
「つまり王立魔術師団ではなく別の名を与え、編成し直すべきだというのか?」
「はい、国王様。お許しさえあれば、王立騎士団と王立魔術師団を揃ってひとつの組織にしてしまうことも答えのひとつではないかと思われます」
エイブラハムの提案に、この場にいる全員が例外なく動揺した。
昔から騎士と魔術師の不仲は有名であり、喧嘩や決闘があとを絶えなかった。ある意味、王宮の悩みのタネのひとつだったのだ。それを、若い頃は魔術師と問題ばかり起こしたことがある騎士団長自ら、騎士と魔術師をひとつにしろと提案したのだ。
「近年、魔術を使える……いいえ、魔術師の若き人材が騎士を目指して騎士団の門を叩くことも多々ありますゆえ、もう騎士だ、魔術師だと言っている時代は終わったのではないかと思っております」
そもそも不仲の大きな原因だったのは、魔術師による選民思想のせいでもある。そして今、その選民思想を持つ魔術師はひとりとしていない。ならば、騎士と魔術師をまとめ上げるかつてない好機だった。
「ふむ。騎士団と魔術師団をひとつに新たな団を立ち上げる、か。悪くないな。そしてそれをまとめ上げ指揮するのは君でいいんだな?」
「国王様のご命令とあらば、このエイブラハム・シンクレア、よろこんで。ですが、新たな組織が国の組織であることをはっきりさせるため、また魔術師のたちの不満が上がらないように配慮し、宮廷魔術師殿を長に置くべきではないかと考えております」
「……エイブラハムが次席に収まるというのか?」
「私は誰が一番であるかに興味はありません。誰よりも騎士として国に忠義を尽くす、それだけを考え今まで生きてきました。そして、それは死ぬまで変わることがないでしょう」
「ならば問おう、君の上に立つ宮廷魔術師とは誰だ?」
「私は――トレス・ブラウエル殿を推薦いたします」




