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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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51.末路2.



「君は始祖というものを勘違いしているよ。僕たちの先祖、魔術国家の生みの親である始祖を解き放てば世界に混乱と破滅が起きる。それでも始祖を復活させるというのかい?」

「違う! そうではない! 始祖は魔術師による魔術師のための世界を構築してくれる! 私たち優れた魔術師以外を一掃し、魔術師だけの理想郷を作ってくださるのだ!」

「そして君はそんな世界の王様になりたいんだね?」

「それだけの実力はある。私は長い時間をかけて、当時の魔術師たちを超えたと自負している。宮廷魔術師にも負ける気はない。ならば、最も優れた魔術師である私が王になるのは必然だ!」

「ふふっ……」


 ラスムスが笑った。いや、彼だけじゃない。ずっと事の成り行きを見守っていたアルメイダもまたこらえきれないと言わんばかりに失笑する。


「なにがおかしい? なにが、おかしいというのだ!」

「いや、ねえ。君が優れた魔術師になったことは認めよう。でも、べつに君が最強の魔術師じゃないだろう。だって、君はさっきジャレッドくんに負けたばかりじゃないか」

「――――ッ」


 少年の指摘に、老人は奥歯が砕ける程歯噛みした。


「見ていたよ。アルメイダの自慢の弟子が、限界を超えて君を破った。彼のほうが魔術師としても、人間としても君よりも上だ。君は頭を垂れて彼にお願いするといいよ、王になってください、と」

「ラスムスぅうううううううううううううう!」


 隻腕を伸ばし、血走った目を向けて絶叫した老人が少年に襲いかかる。だが、不可視の壁によって阻まれ、哀れにも地面を転がっていく。


「ありがとう、アルメイダ。今も昔も、君は僕のことを守ってくれるね」


 片手の爪が全て剥がれてしまい、呻く老人のそばに少年が近づくと、手に持っていた卵型の銀色の容器を見せた。


「そ、それは……」

「始祖の魂が入っているはずの封印具だよ」

「よこせ!」

「その前に質問に答えてもらおうかな。その返答によっては、これをあげてもいいよ」


 赤く染まった指を伸ばして、始祖を欲する老人に笑みを絶やさず少年が提案する。そばに控える少女がたしなめる気配もなく、わずかに老人が困惑した。


「あれだけ始祖の復活に反対しながら、場合によって始祖を渡すというのか? なにを考えている?」

「君には関係ないことさ。でも、返答次第で手に入れられるのなら好都合だろう。アルメイダが僕を守っている以上、力づくでは奪えない。なら、己の意に反しても付き合うべきじゃないかな?」

「……よかろう。その質問とやらをしてみればいい」


 折れた老人に短く礼をいい、少年は問う。


「君はいつ、どこで始祖を知った?」

「なに?」

「簡単な問いじゃないか。五百年前、いや、それ以上前から、僕たち王家は始祖の存在は隠し続けてきた。なのに一介の魔術師でしかなかった君が始祖を知り、国を裏切り、滅ぼした。じゃあ、君はいつ始祖の存在を知ったんだい?」

「それは……」

「答えられないのかい? ならば僕が答えよう。君は始祖に始祖という存在を教えられたんだ。わかるかい? 君はね、始祖が復活するための駒にされたんだよ」

「そ、そんな馬鹿なことがあるものか! 始祖が私を駒にしただと? 愚かな、そのようなことがあるはずがない!」


 動揺を隠すようにルーカスが声を荒らげるが、ラスムスは静かに問い続ける。


「じゃあ次の質問に移ろう。どうして君は五百年もの間、生きていられたんだい?」

「なに?」

「僕は秘術で魔人化したんだ。アルメイダも独自に魔力を取り込むことで寿命を長めることに成功した。じゃあ、君はなにをしたんだい?」

「私は……なにも、していない」


 老人の動揺は大きくなる。思い返せば、寿命に関してなにもしていなかった。考えることさえしなかった。まるで寿命の心配などしなくていいと言わんばかりに。

 王家に伝わる秘技魔人化でもなく、独自の技術があるわけでもない。そもそも魔術師としては平凡だったルーカスが、寿命を長める方法など知っていても行えなかっただろう。


「私はなぜ、こうも生きている?」

「残念だけど、君は始祖に選ばれ魅了されたんだ。君が初めてじゃない。歴史の中に、始祖の被害者は何人もいたよ。誰もが寿命が伸び、魔術師として力に目覚める。君は既に始祖から力を与えられているだよ」

「私が始祖から既に力を与えられているだと?」

「そう。君には限界まで始祖から力を与えられている。誰もがそうだった。残念だけど、君が始祖を解放しようと、これ以上の力は望めない。王にもなれないんだ」

「ば、馬鹿な……そんなことが、あるはずが……」


 もしもラスムスの言葉が事実なら、自分の意思で行ってきたこと全てが始祖の手のひらの上だったということになる。得るはずの力も、地位も、すべてが夢のままだ。


「ふざけるな! 私が、どれだけの時間と労力をかけてこの日を待っていたというのだ! 始祖に操られていただと! 違う! 私が、私自身の意思で、始祖を解放し、世界を手に入れようとしたのだ!」

「そんな君に残念な知らせがある」


 銀の容器をそっとルーカスの前に置く。そして、


「すでにこの器に入っていた始祖は死んでいるよ」


 老人を絶望させるに十分な事実を告げた。



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