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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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45.ジャレッド・マーフィー対ルーカス・ギャラガー1.



 オリヴィエたちが離れてくれていてよかった、とジャレッドは心底思った。


「ふ、ふははははは、素晴らしい。地属性魔術だけではなく、石化魔術をこうまで使える魔術師など久しく見ていなかった」


 ルーカスが一呼吸で生み出した百を超える火球がいっせいにジャレッドに向かい殺到する。すべてを障壁で防ぐことを不可能だと判断すると、指先を迫りくる火球に向けて詠唱した。


「――呪いの魔眼よ、忌々しく穢し犯せ」


 閃光が瞬き火球が石と化して砕ける。が、すべてを石化できたわけではない。火球の半分が石と化したが残りの半分は軌道を変えず迫りくる。


「石槍よ、我が身を守れ」


 精霊たちに干渉して地中から石の槍を生み出させた。五十を超える石槍はジャレッドの盾になるべく重なり合い火球を受け止めていく。

 轟音。轟音。轟音。


 石槍に激突した火球が音を立てて砕いていく。石の破片が飛び散り、ジャレッドの体をかすめては血しぶきを撒き散らす。

 火球全てが石槍を砕いたがジャレッドの体に触れることはなかった。途中、衝撃で軌道を変えた火球が地面をえぐり、火柱を立てるも、その場から一歩も動くことなく立ち続ける。


「詠唱もないくせにこの威力か。嫌になるくらいの使い手だな」

「お褒めに預かり光栄だ。若き宮廷魔術師殿も魔術の技量はまだまだだが度胸はあるようだ」

「そりゃどうも」


 すでに五回ほど、この攻防を繰り返している。お互いに技量を確かめようとしたのだ。ルーカスがいうには、魔術師らしい戦闘と言えるだろう。

 ジャレッドはそんなお綺麗な戦いに付き合ってやるつもりは毛頭なかったのだが、一度目の攻防で想像していたよりも強者だとわかり、早々に勝負をつけようとしなかったのだ。


 一呼吸で百を超える火球を難なく生み出す魔力量。その火球を容易く操る技量。ただの火球にも関わらず地面をえぐってしまう火力、すべてジャレッドを上回っていると判断できる。


 ――王国にこれほどの魔術師がいたなんて思わなかった。


 つい舌打ちしてしまう。

 ジャレッドがいくら魔術師として優れようが、若くして宮廷魔術師に選ばれようが、まだ数年しか魔術をかじっていない未熟者であることはかわらない。

 実践による実践と、稀有な才能、優れた師の存在が同世代の魔術師よりも高みに引き上げてくれたものの、熟練の魔術師と比べればどうしても粗が目立ってしまうのはしかたがないことだった。


「小手調べは終わりとするかね?」

「そっちこそ、いつまでも出し惜しみするなら俺には勝てないってわかっているだろ?」

「はっ、言うではないか。だが、事実でもあるな。君ほどの魔術師は現代にはそうそういるまい。現宮廷魔術師たちが優れていようと、君の持つ資質には負けるというものだ。もっとも、かつての時代であれば君程度など珍しくなかったがな」

「かつて、か。まるでどこかで見たことがあるような言い方をするじゃないか」


 ジャレッドの言葉にルーカスは薄く笑みを浮かべた。


「そうだ。見たとも。かつてウェザード王国が私たちの国を飲み込む前、魔術に溢れていた時代に生きていた」

「……そんなこと言い出すと思ってたけど、本当に言いやがった」


 予想できなかったわけではない。身近にアルメイダという年齢不詳の師匠がいて、祖父を名乗るヴァールトイフェルの長ワハシュも彼女と知り合いだという。少なくとも百年以上は生きていると推測できる。

 だが、目の前の男はどうだ。ウェザード王国は建国して約五百年が経っている。それ以前の国に住んでいたというのなら、五百歳を超えているというものだ。


 普段ならふざけていると言ってやりたいが、この状況下で冗談を言うほど眼前の老人は酔狂ではないと思いたい。

 なによりもジャレッドの魔術師としての本能が、冗談みたいな言葉を信じているのだ。


「ずいぶん、羨ましい時代に生まれたようだな。あんたの言葉が本当だとして、改めて聞く――なにが目的だ?」

「簡単なことだ。私はすべてを取り戻したい。かつての国、かつての時代、かつての魔術師たちを!」

「うっわー、なんてつまんない野望だよ。そんなことのために使われたレナードが哀れだ」

「……なに」


 実に滑稽な野望だった。

 事情はさておき、ルーカスの話が本当であれば今まで五百年もこの国で生活していたはずだ。だというのにどうして今さら住んでいた国に反旗を翻そうというのだ。

 なにかされて復讐がしたいというのならまだわかる。なくなった国の復興というのも理解できないわけではない。だが、遅すぎる。


 五百年かけていたとしても作戦はお粗末だし、結局ルーカス以外祖国を知らない。いや、それ以前の問題だ。彼の息子でさえ、今は亡き国の血を引くレナードでさえ、なくなった国を復興したいという目的を掲げていなかった。

 現に、こうしてジャレッドの前に立ちはだかっているのはルーカスただひとり。


「我が野望をつまらないと言うのか! 私がどれほどの想いで行動を起こしたのか知らぬ子供が舐めた口をっ!」


 唾を飛ばして激昂する老人だが、ジャレッドはまったく意に介さない。する必要もない。

 今、胸に宿る感情はひとつだけ。実につまらない目的のために大切な人たちと巻き込まれたことに対しての、明確な怒りだけだった。


「貴様のような二十も生きていない小童がっ、私の夢をっ、野望をっ、つまらないと言うのかっ! 私はかの国の末裔としてすべき役目を果たそうと――」

「もういい黙れ。聞きたくない」

「……なっ、なんだとっ」

「いやさ、だからもうそういうのいいだよ。お腹いっぱい。ていうか俺は色々な理由を持つ人間と戦ってきたけど、あんたが一番くだらないし、つまらない」


 ジャレッドはルーカスの長年の野望を切って捨てた。




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