43.黒幕の登場3.
「小娘が言ってくれるではないか。だが、豪胆にも私を前に好き放題言うことができる度胸は買おう」
「あなた程度の人間を怖がるとでも思っているのかしら。わたくしは何年も見えない敵に怯えて生きてきたのよ、今さら姿がはっきり見える敵を恐れたりしないわ」
オリヴィエに心中に宿っているのは怒りの炎だ。
自分を人質にしてジャレッド共々攫っただけでは飽き足らず、駒にしようと企んだ。相手がジドックであったから事無きを得たが、捕虜を売り払おうとした外道な行為も許せるはずがない。
ジャレッドに少女たちを五人も当てがおうとしたのも我慢ならない。
実行したのはレナードかもしれないが、すべての元凶は目の前にいる老人ルーカスなのだ。
邪魔をしないようジャレッドとルーカスのやりとりを見守っていたが、我慢の限界というものがある。言うに事欠いて、共にこいなどとよく言えたものだ。面の皮が厚いなどという問題ではない。
「気丈な娘だ。それでどうする?」
「どうもしないわ。あまりにもくだらないことを言うからつい口を挟んでしまったけれど、あなたの末路はかわらないもの」
「ほう」
「ジャレッドに倒されて、あなたのくだらない野望は潰えるのよ」
断言したオリヴィエの言葉を現実にしようと、ジャレッドが構え魔力を練る。
「……やめておきたまえ。君は間違いなく強いだろうが、消耗しながら私に勝てるはずがない」
「試してみないとわからないだろ?」
「試さなければわからないのならなおさらやるべきではない。私は、戦わずとも君に勝利できると確信している。が、今日は君に挨拶しにきただけだ。ここで戦うつもりはないのだよ」
臨戦態勢のジャレッドに対し、ルーカスは冷ややかに首を横に振った。
彼の言葉通り戦うつもりはないのだろう。戦意どころか敵意さえ感じない。
「そうかよ。だけどさ、ここで敵の親玉を逃がすわけがないだろ!」
練り上げた魔力を体内に循環させて、身体能力を爆発的に向上させると音もなく地面を蹴りルーカスに肉薄した。固く拳を握りめ相手を貫かん勢いで突き出す。
渾身の一撃がルーカスの胴体を捉えようとした刹那、彼の手によって防がれてしまった。
「ふむ。いい攻撃だ。久しぶりに身体能力強化魔術を見たきがするな。愚息はついに中途半端に使うことができる程度だった」
両者の腕に力が込められる。先ほど、石の槍で攻撃したときとは違い、難なく受け止められたということはない。今も、ジャレッドの拳が痛いほど握られており、離すまいとしている証拠だった。
「残念だが、君にとって私は倒すべき最後の敵かもしれないが、私には君など後回しにしても構わない認識だ」
ジャレッドの拳を押し返せないと悟ったのか、老人は自らが後退した。
「私は国取りをしているのだよ。私にとっての敵は、この国の王族たちだ」
「なおさらお前を放置できるわけがないだろ」
「無駄な手間をかけさせてくれるな。私は今から、自らの手によって王を殺しにいくのだ。必要のない労力を使いたくないのだがね」
「王殺しに誰がついていくものか!」
「貴族の大半はそうだろう。君の祖父などその筆頭かもしれないね。刺客を送ってあるが、おそらく失敗しているだろう。同じようにアルウェイ公爵家にも刺客を送り込んだが敗北したらしい。だが、私が動けば問題ない」
「その自信がどこからくるのか教えて欲しいね。もっともあんたは誰も殺せない。俺が、ここで、倒すからだ」
「ふふっ――ふっ、あはははははははははっ」
「なにがおかしい?」
突如、笑い始めたルーカスに、ジャレッドは眉を顰めた。
「いや、なに、君は実にかわいいことを言う。誰も殺させないときたか。やはり魔術師として優れていようともまだ十六歳ということか」
なぜ大笑いしなければならないのかわからず、つい呆然としてしまった。
ひとしきり笑い続けたルーカスは、笑顔を貼り付けたままジャレッドに視線を向け、言った。
「私はすでに殺しているのだよ。愚かにもこの場を逃げ出した、ユーイング公爵をはじめ、君の後ろで君のことを案じて動かないロンマイヤー家のお嬢さんの父親も、全員殺している」
「……そんな」
衝撃的な父の死を伝えられ、口元を押さえたミリナがその場に崩れ落ちた。
「ミリナ殿っ」
ジドックが彼女を支えてくれたが、ショックを受けた少女から反応はない。
「お前っ、なんのつもりだ!」
「なにと言われても、役立たずなど生かしておいても意味がない。そもそも私はレナードと違い、君に少女たちを娶らせることなど考えていなかった。いや、愚息の案ではなかったか、たしかユーイング公爵が筆頭になってすぐれた魔術師の血が欲しいと騒いだのがきっかけだったな。レナードはそれを利用し、君を駒にしようとしただけだ」
つまり、ユーイング公爵家をはじめジャレッドに利用価値があると考えた者たちが仕組んだことが、ミリナをはじめとする少女たちを妻にしようとする企みだったのだ。
レナードは公爵の願いを叶えつつ、少女を利用して情という名の枷をジャレッドにはめて利用しようとした。
娘を娘とも思っていないとしか感じられない扱いに憤りを覚える。無論、種馬扱いされたことも許せそうもない。が、父親の死でショックを受ける少女のために、ジャレッドは怒りを飲み込むことにした。
「優れた魔術師を残したいという気持ちは理解できる。しかし、ならば対して才能を持たない少女たちではなく、才能ある少女を君にあてがうべきだった。所詮、貴族の見栄を満たそうとしたに過ぎない愚か者たちの集まりだったのだよ。ゆえに生かしておく価値がないと判断したのだ」
「もういい」
「おや。怒ってしまったようだね。レナードが企んでいたように、あてがわれた少女たちに情でも湧いたかな?」
「悪いか? 父親のために逃げることもせず、それでも俺を逃がそうとしてくれた子に情がわいたらいけないのか?」
「そうは言わんよ。が、少々滑稽だ。そう望まれた結果ゆえに、君が抱く想いと少女たちが抱く想いがどこまで本物なのか」
「俺の感情は俺のものだ。たとえ、誰かに願われたとしても、今、俺の胸に宿る感情は俺だけのものだ」
少女たちのことを哀れんだ。感謝もした。助けてあげたいとも思った。そのすべてが用意されたものだと言わせない。ジャレッドが、少女たちと接して考え、生まれた感情なのだから。
「もういい加減、あんたとおしゃべりするのも飽きた。あんたは自分の仲間を殺した。なら、もう他に人間を殺せないように、ここで終わりにしてやる」
「しようのない子だ。まあいい、戦って気がすむのなら相手にしてやろう。だが、老人と思って舐めないことだ」
ぞくり、と背筋が凍った。はじめてルーカスが戦意を露わにしたのだ。
老人とは思えない鋭い眼光がジャレッドを射抜く。湧き上がる魔力に、思わず唾を飲み込んでしまった。
「オリヴィエさま、この男を倒してすべてに決着をつけます。しばらくの間、俺から離れていてください。倒れてしまったミリナのこともお願いします」
「ジャレッド、でも……」
「もういい加減に疲れました。はやく屋敷に戻りましょう」
「……ええ、そうね。そうよね。わたくし信じているわ。あなたなら必ず勝ってくれるって」
「もちろんです。守るべきあなたが近くにいるんです、必ず勝ちます」
ジャレッドはオリヴィエと会話しながら一度も振り返ることはなかった。わずかでもルーカスから視線をずらせば、その隙に襲いかかってくると本能が警告音を鳴らしていたからだ。
老人だと油断することなどしない。レナード以上の敵として相対し、全力を持ってして倒す。
オリヴィエたちの気配が離れていくことを背中で感じながら、いつ戦いが始まってもいいように静かに構えをとった。




