40.再会.
「ジャレッド!」
力なく地面に倒れていたジャレッドの耳、今、もっとも聞きたかった声が届き、体を起こした。
「オリヴィエ、さま?」
「ジャレッド!」
聞き間違いではない。愛しい年上の婚約者が自分の名を呼んでいる。
声がする方向に顔を向ければ、忘れもしないオリヴィエ・アルウェイがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
胸にこみ上げる感情に従い、たまらずジャレッドは立ち上がり彼女の元へ向かった。
「オリヴィエさまっ」
「ジャレッドっ」
二人はぶつかるように抱きしめ合うと、お互いに無事を確認するかのように何度も何度も腕に力を込めた。
「無事だったんですね。この屋敷の中にあなたがいなくて、俺はもうどうしていいのかわからなかったんです」
「わたくしはここにいるわ。あなたこそ、生きていてくれてありがとう。本当によかった」
自然と涙がこみ上げてくる。ずっと探し求めていた人が、腕の中にいてくれることに心から感謝した。
「あー、ごほん、その、なんだ」
「……ルザー。それにラウレンツと、誰?」
婚約者を抱きしめたまま、申し訳なさげに咳払いをした誰かに視線を向けると、小さく手を振る兄ルザー・フィッシャーがいる。彼だけではない。学友で親友でもあるラウレンツ・へリングも笑みを浮かべてこちらを見ていた。
しかし、三人目の人物、小太りの青年に見覚えがない。ルザーたちとならび、感動しているのか涙まで流してくれているのに申し訳ないが、どれだけ記憶を探っても心当たりがなかった。
「お初にお目にかかります、ジャレッド・マーフィー殿。拙者は、ジドック・ロッコと申します」
「ジャレッド。彼は、あなたと出会う前に婚約者候補として父が連れてきた人なの。例によってわたくしの憂さ晴らしの被害者なのだけれど、助けにきてくれたのよ」
「おっと誤解なきように言っておきますが、拙者は女王さ……ではなく、妻がいますので誤解なきようお願いします。ふひひっ」
「……今、女王さまって言わなかった? ま、まぁいいや、ありがとう。みんながまさか、オリヴィエさまを助けてくれるなんて。本当に、感謝してもしきれないよ」
名残惜しいがオリヴィエを抱きしめる腕を解き、親友たちに感謝の意を述べる。
「気にしなさんな。俺も、ラウレンツも、この変態も、自分たちの意思でお前たちを助けたいと思ったから行動したんだ」
「その通りだ。ここにはいないが、プファイルも違う場所で助けになろうと尽力してくれている。きっとジャレッドと僕たちの立場が逆だったら同じことをしているはずだ」
「ふひひっ、さりげなく拙者は変態と言われましたな」
仲間たちの暖かい言葉に涙がこみ上げる。どれだけ感謝してもしきれない。大きすぎる借りができてしまった。どれだけ時間をかけても返していきたい。そう思うほど、ジャレッドにとってオリヴィエは大切な存在になっているのだ。
「そういえば、どうしてここがわかったんだ?」
ジャレッドの問いは代表してルザーが答えた。
「手当たり次第さ。オリヴィエさまを探し、そこで得た情報からここに行き着いたってわけさ。連中、よくやってるよ。まだ王都じゃ、どれだけの人間がこの静かな反逆に気づいているか」
「違いない。下手したら今以上に後手になっていたはずだ」
巻き込まれたのがよかったのかわるかったのか判断できかねるが、もっと後手に回っていた可能性があると思うとゾッとする。こうしてオリヴィエと再会することも、いいや、さらわれたことさえ気づかず、永遠に引き離されていた可能性だってあるのだ。
「ところでジャレッド。レナード・ギャラガーはどうした? 奴を叩かなければこの戦いは終わらないだろう?」
険しい顔をしたラウレンツの問いかけに、ジャレッドは気まずそうに彼の去っていった方向を見る。そこにはレナードの娘、アヴリルの下半身が石化して落ちている。
「奴なら……」
「うわっ、なんですかな、この下半身! うむ、この細さ、手入れの行き届いた感じなどから女性のものと思われますが……」
「その足なら、アヴリル・ギャラガーのものだよ。俺が、殺した」
憎い敵だった。オリヴィエを攫っただけではなく、屋敷に襲撃し、秘書官エルネスタを呪術で操った。だが、アヴリルは最後の最後で父親のためにその身を犠牲にするという、人間らしい姿をジャレッドに見せたのだ。ゆえに気まずさがある。
「そう、あの子を……父親のほうは?」
「いいえ、殺してません。娘が死んだことで、戦う気が無くなったようです。どこかにいってしまいました」
「レナード・ギャラガーも人の親だったというわけね。散々いいようにやられてしまった相手だけれど、ざまあみなさいとは言えないわね。ジャレッド、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。まだ戦えます」
「――あなた、まだ戦うつもりなの? レナードはもういないのに、誰と戦うつもりなの?」
オリヴィエの非難めいた声に苦い顔をしながら、まだ倒すべき相手がいることを伝えた。
「レナード・ギャラガーの父親です」
「……確か、ルーカス・ギャラガーといったわね。わたくしたちはユーイング公爵こそ黒幕だと考えていたのだけれど、違うのかしら?」
「恐らくは。レナードがいうには父親こそすべての元凶のようです。きっとユーイング公爵はいいように操られているのかと」
裏付けにはならないだろうが、ユーイング公爵の娘はレナードと戦おうとしたジャレッドを案じてくれた。もし父親がすべての元凶であったら態度もちがっていたかもしれない。
そもそも公爵家の令嬢が、他の一族の娘とともに子供を生むだけのためにジャレッドの妻になることを公爵が許すだろうか。
「そうなのね。なら、その元凶を倒して終わりにしましょう。わたくしも最後まで付き合うわ」
「お、オリヴィエさま?」
「当たり前でしょう。もう二度とわたくしはあなたと離れてあげないんだから」
オリヴィエの言葉は、どこか気恥ずかしく、嬉しくもあった。
だからこそ、
「俺も同じ気持ちです。絶対に離しません」
ここにいる最愛の婚約者に、嘘偽りない気持ちを伝えることができた。




