35.反撃.
ジャレッドは一度は落ち着きを取り戻していたが、再び湧き上がる高揚感に支配されていた。
戦いが始まると考えるだけで心が踊る。早く魔術を使いたいと気持ちが逸る。
体内に暴れ狂う魔力を解き放ちたい。敵よ、早く出てこい。これでは生殺しだ。早く魔術を使わせてくれ。
先ほどまで捕らわれていた部屋は地下だったようだ。間違いなく貴族の屋敷であるとすぐにわかったのは五人くらいが一度に歩いても余裕のある廊下のせいだ。地下さえも仰々しく凝った造りになっていることに呆れつつ、装飾を施した手すりが備えつけられている階段を上がっていく。
「そこまでだよ、ジャレッド」
「レナード」
「相変わらず口の聞き方になっていないね。まあ、いい。大人しく部屋に戻れば痛い思いをさせないと約束しよう」
「――はっ、ははははははははははははははははっ」
爆笑をはじめたジャレッドにレナードは怪訝な表情を浮かべた。それは背後にいる十人近い魔術師たちも同じだった。
「なにをそんなに笑う? それとも先ほどと同じように、どこか君の中でなにかが壊れてしまったのかな?」
「あーわらった。こんなに笑ったのは久しぶりだ。俺の中のなにかを壊した張本人がよく言うぜ。俺がこうなったのはすべてお前のせいだ」
「なにを言いたいのか理解しかねるが、いいのかな? 私に歯向かうということがどのような結果を招くのか理解した上なら止めはしないが、少女たちに少しでも情が湧いているならやめておくべきだ。ロンマイヤー姉妹を死なせたくはないだろう?」
実に卑怯な言葉だった。実際、レナードはジャレッドへの罰としてロンマイヤー姉妹を殺すだろう。
だが、
「やれるものならやってみろ」
今のジャレッドには通用しなかった。
「なに?」
「殺せるなら殺してみろって言ったんだよ」
「ほう。君はもう少し情に厚いと思っていたんだが買いかぶりをしていたようだね。残念だよ。父親のために好きでもない男に嫁ぐことを決意した少女たちを見捨てるというんだね」
命じた張本人でありながらレナードはあくまでもジャレッドが悪いと言わんばかりに攻める口調だ。
しかし、
「だからさ、やるならやればいいだろ」
ジャレッドには届かない。
レナードは内心、舌打ちをする。まさか脱出さえすれば情が湧いた相手を切り捨てる冷静な判断ができるとは思っていなかった。ジャレッドのことを少し評価し直す。
オリヴィエ・アルウェイだけが特別なのかもしれない。ならば、この屋敷に少年の婚約者がいないことが悔やまれる。
「ならば君を制し、目の前で少女たちを殺そう」
「ま、その前に俺を倒せるかどうかが問題だと思うんだけどさ。俺の背後に地下に続く階段がある以上、あの子たちに指一本でも触れたければ覚悟しろよ」
ジャレッドから魔力が吹き荒れ風となる。
威圧するかのように壁となり魔力が襲いかかってくる。レナードたちは、吹き飛ばされないように踏ん張るだけで精一杯だ。
「じゃあやろうか」
魔力を抑え、いつでも魔術に変換できる状態にしたジャレッドは、近くに出かける感覚で戦おうと言う。
そんな子供の態度に一回り年上の魔術師たちが憤る。
「ガキの分際で!」
「いくら宮廷魔術師になろうとも、この数を相手に戦えると思っているのか!」
「所詮は魔力だけが取り柄の未熟なガキだ、先手さえ打てばどうにでもなる!」
怒りの形相となって魔術師が三人、レナードの背後からジャレッドに向かった。が、
「遅えよ」
指先を向け、閃光が走った刹那、三人の至ることろが石化し床に傾いていく。
がしゃん。まるで陶器が割れるときの音を立てて、魔術師たちの石化した部分が砕け散り、絶叫があがった。
「有無を言わさずかかってくればどうにかなったかもしれないのにさ、お前らいちいち詰めが甘いんだよ」
足元に転がった石化した手首を踏み砕き、ジャレッドは獣のように笑う。
「覚悟しろよ、学園を襲い、大切な仲間と家族を傷つけ、挙げ句の果てにはオリヴィエさまを攫いやがって! お前ら、楽に死ねると思うなよ?」
ジャレッドが一歩進むと、レナード以外の数人が数歩下がった。
誰も彼も石化などされたくない。体を石にされ、砕かれ、それでも死ねないなど嫌だ。彼らは初めてジャレッドの逆鱗に触れていたことを自覚しただろう。
「ありがたいことにそっちは全員、元王立魔術師団たちだ。遠慮なく、殺してやる」
怯え蒼白となった顔をする敵に向け、ジャレッドは容赦なく石化の魔術を放った。




