33.暴走1.
ジャレッドは内側からこみ上げてくるなにかに、体内を掻き毟られている感覚を覚え絶叫した。
体が焼ける。灰となって朽ち果ててしまうのではないかと思うほど、体が熱く苦しい。
「あぁ、素晴らしい、わかるかいジャレッド。君の保有している魔力はあまりにも異常だ。人間が持っていていい保有量ではない」
うっとりした声を出し、レナードは未だジャレッドの体内に腕を入れたまま、なにかを探すようにかき回し続ける。
絶叫が強くなる。
「おやめくださいレナードさまっ、このままではジャレッドさまが!」
「静かにしなさい。彼はこの程度で死んだりしないよ。それよりもごらん。君も感じることができるはずだ、ジャレッド・マーフィーのこの強い魔力を……」
レナードの足にしがみつき懇願するミリナだったが、彼女の訴えが聞き入れられることはなかった。
歓喜に震え、恍惚とした表情を浮かべるレナードの意識はすべてジャレッドにのみ注がれている。
「そう、そうだ、すべてを解放するんだジャレッド・マーフィー!」
再びなにかが壊れる音がした。
ああ、だめだ。これ以上壊されたら-俺が俺じゃなくなる。
「解き放てっ、ジャレッド!」
――ぱきん。
「あ、ああ、あああああっ、がぁああああああああああああああっ」
何度目になるかわからない絶叫がまたあがる。今度こそ、少女たちが目を背けた。
「ふ、ふははははははは! 素晴らしい、本当に素晴らしい! まさか、ここまで、これほどまで魔力を持っていたのか!」
全ての魔力が解放されたジャレッドを前に、レナードが歓喜する。
少年から立ち上る魔力は王立魔術師団団長の自分と比べても、倍かそれ以上だった。
魔術を使うには魔力がすべてだ。だが、魔力保有量がすべてではない。どれだけ魔力をうまく使いこなすことができるか、それが魔術師のすべてを決める。
二十ある魔力を半分も使いこなせない魔術師よりも、十ある魔術をすべて使いこなせる魔術師のほうが優れている。
しかし、現代において、魔術師の質ははるかに低い。己の魔力を十全使いこなせる人間がどれだけいるだろうか。
規格外の魔力を持っているジャレッドであっても、魔術が全盛期だった時代ではせいぜい「優秀な魔術師」程度なのだ。
レナードは知っている。伝え聞いたものではあるが、神代の時代では高みに立つ魔術師は神に匹敵していたことを。
神殺しを可能とするだけではなく、神を使役さえしたともいう。
そんな魔術師を現代に作りたいのだ。
ジャレッド・マーフィーという少年を利用して。
「さあジャレッド、君と私で高みに登ろう。魔術師としての王国を作り上げ、非魔術師に支配されない世界を-なに?」
「……は、は……」
レナードは違和感を覚えた。歓喜に震えていたせいで、気づくのに遅れたが、それでもなんとか気づくことができた。
ジャレッドがもう叫び声をあげていない、と。
「なぜだ、まだ苦痛はあるはずだというのに、すべての魔力を解放しきっていないというのに」
「……は、はは……はははっ」
「なぜ笑う、なぜ笑うことができる、ジャレッド・マーフィー!」
「あはははははははははははははははははははははははははははっ」
苦痛など一切感じていないとばかりに、ジャレッドは声高く笑う。その姿はとてもじゃないが正気ではない、少女たちが怯えたように小さな悲鳴をあげた。
レナードさえ不穏を思い、少年の胸を貫いていた腕を抜き、無意識に数歩下がった。
「高まった魔力のせいで気が触れたのか?」
「はははははははははははははははははっは……はぁ」
ひとしきり大笑いしたジャレッドは、声を止め表情を消すと、静かに棒立ちとなる。そして、おもむろに右腕を上げ、人差し指をレナードに向けた。
「なに、を」
「−−呪いの魔眼よ、忌々しく穢し犯せ」
「なっ」
とっさにかわすことができたのは奇跡だった。
ジャレッドの短い詠唱とともに指先から放たれたのは、鋭い閃光。一瞬とはいえ目をくらます光量がこの部屋にいる人間すべてに襲いかかる。
身の危険を感じ取り、一歩横に逃げたレナードを素通りし、閃光が背後の扉にぶつかる刹那、鉄でできていたはずの扉が石化し、砂となり、崩れ落ちた。
「馬鹿な!?」
驚きの声をあげたレナードが、体を震わせ後退する。崩れ落ちた扉とジャレッドに視線を交互に向けると、
「そんな馬鹿なことがあるものか!」
あらん限りの声を張りあげた。
「なにをした、いや、なにが起きた、ジャレッド! この部屋は、魔術が使えない術式が施されているんだ。だというのに、なぜ、なぜだ、なぜ魔術を使うことができる!」
「いいのか?」
「なに?」
問われた意味がわからず疑問を返す。すると、ジャレッドは唇を釣り上げて、楽しそうに嗤った。
「俺から逃げなくていいのか、レナード・ギャラガー?」




