26.救出劇 プファイル対エルネスタ・カイフ1.
プファイルは操られたエルネスタ・カイフに苦戦していた。
――実に戦い辛い。
殺したくないゆえに弓と矢を捨て肉弾戦で挑んでいるが、実に分が悪かった。
徒手空拳に対し、エルネスタは風の魔術を自在に使う。それも、プファイルが知るよりも実に上手い。
――殺すことなら簡単だ。しかし、なぜだ。私はエルネスタを殺したくない。
戦いながら余計な思考を広げる自信に戸惑いを禁じ得なかった。
どうしてこうも彼女のことばかりを考えてしまうのか、何度己に問うても答えは見つからない。
「あはははははっ、ねえっ、プファイル! あなた暗殺組織の後継者の癖に、私ひとり殺すことができないの?」
声高々と笑うエルネスタはやはり正気ではない。
すでに周囲から部下も、アルウェイ公爵家から預かった騎士たちも下がらせている。とくに騎士は、この場がオリヴィエの監禁場所ではないとわかったため、公爵家に戻れと伝えた。
無論、騎士たちはとどまることを訴えたがオリヴィエを優先しろというプファイルの言葉に、謝罪を残し戻っていた。
「……私ひとりになったことは正解だったな。このような無様な姿を見せるわけにはいかない」
まだ軽口が叩けることに安心する。
すでにプファイルは満身創痍だった。水色の髪は風の刃で切られ、血にまみれている。血止めを必要とするほどもう出血をしている。
戦闘衣も斬り裂かれ、血を流す肌が露出していた。これほど血を流したのは、ジャレッドと戦った以来だ。
「ねえ、プファイル、覚えている? 私、魔術師をやめたかったの」
「……ああ、覚えている。王立魔術師団に入ることもせず、もっと違う人生を送りたかった。そうだったな」
言葉とともに放たれた風の刃が迫る。障壁を展開して受け止めるが、不自然なほど強化された魔術が壁をきしませ亀裂を走らせた。
障壁を展開したまま横へ飛ぶ。地面を転がっていくと、先ほどまで立っていた地面が音もなく斬り裂かれた。
「呪術師の実力はさておき、他者を操り力を引き出すことには長けていたようだ」
判断を誤れば容易く両断されてしまうだろう。言い方は悪いが、さすが宮廷魔術師候補に選ばれたバルナバス・カイフの妹だけある。
「でも両親に逆らえなかったわ。行方不明だった兄の代わりにって、そう言われ続けてきたの。思い返せば、兄が死んで――どこかほっとしたの」
呪術のせいか、それともエルネスタの意思なのか、彼女は胸に秘めていた感情を独白した。
「兄がいなくなったことは悲しいわ。本当よ。でもそれ以上に、ざまあみろって思ったの。だってそうでしょう。宮廷魔術師になれなかったことは残念だったし、兄を貶めた貴族を赦したくない気持ちもあるわ。だけど、家族を顧みることなく、自分のしたいことだけをし続けて死んだ兄に――私は恨みを抱いているのだと気づいたのよ」
「本心か? それとも操られているせいで、心にもないことを口にしているのか?」
「もちろん本心よ。誰にも言えなかった私の、私だけの本当の気持ちをプファイルだけに教えてあげたかったのよ」
家族のいないプファイルにエルネスタの気持ちを汲み取ることができない。操られている以上、どこまで本心なのかわからないこともある。ただ、彼女が兄に対して思うことがあったのは事実だと思えた。
実力がありながら正当に評価されることがなく、貴族によって貶められた。無念であることくらいはプファイルにもわかる。
バルナバス・カイフはその無念を晴らすため、自らを鍛え続け宮廷魔術師を超える実力を手に入れた。だが、それだけでは満足することはなかった。再び宮廷魔術師を目指すのではなく、仇に復讐したのだ。
宮廷魔術師の道を阻んだブラウエル伯爵を苦しめるため、親友だったはずの宮廷魔術師トレス・ブラウエルを狙ったのだ。
彼の凶行はそれだけでは終わらない。貴族の息がかかり、力を借りて宮廷魔術師候補になった者たちまで殺し始めたのだ。まるで今までの鬱憤を晴らすかのごとく。
本来、被害者であったバルナバスは、復讐者となり加害者となった。
だが、それはバルナバスだけの理由だ。身内が犯罪者になった家族のことを少しでも考えれば、復讐はしても無関係な人間まで傷つけることはなかったはずだ。
結果――ジャレッド・マーフィーによって復讐者の人生は幕を閉じることとなる。
「兄が死んでもう終わったと思ったわ。犯罪者の家族と呼ばれることは苦しくもあったけど、耐えることができたの。ジャレッドに感謝さえしたわ」
「……気持ちがわかるとは言わないが、家族とはいえ苦しめた人間を悪く思ってしまうことを止めることはできないだろうな。だが、家族だ。お前は心から家族を憎むことなどできない」
「どうして! どうしてそんなことがあなたにわかるの、プファイル?」
「わかるとも、少しでもお前と接すれば誰でもわかる。エルネスタ・カイフ――お前の心は清らかだ。血にまみれた私を安心させてくれる、清流のような女だ」
「……なによ、それ」
「お前に恨み言は似合わない」
「なんなの、なんなのよそれぇええええええええええっ」
感情に任せた風刃が狂おしいほど放たれる。
まるでエルネスタの慟哭のように刃がプファイルを狙い、近づき、傷つけていく。
プファイルは一切よけようとはしなかった。それどころか防ぐことさえしない。ただ彼女の気持ちを受け止めるようにすべて刃を受けたのだ。
「……馬鹿にしているの? あなた死ぬ気?」
「いや、死んでやることはできない。私が死ねば誰がお前を救う?」
動く度に血か吹きだすが、構うことなく地面に置いた弓と矢を拾い上げると痛覚を無視して構えた。
「傷つけることをせず助けてやりたかったが、それではお前に侮辱だと考えた。エルネスタ・カイフ、お前はいくら操られるとはいえ素晴らしい潜在能力を私に魅せつけた。戦うにふさわしい相手だ」
矢を番え、魔力を込める。ヴァールトイフェルでは禁じられている、魔術の使用をプファイルは躊躇うことがなかった。
「私の全力をもって、お前を倒し、正気を取り戻そう」
刹那、プファイルの弓から放たれた一本の矢が――百の矢となりエルネスタに襲いかかった。
活動報告に書籍化に関する大事なお知らせを書かせていただきました。
よろしければお読みいただけますと幸いです。




