22.囚われの身7. オリヴィエ5. 救出!
一発蹴り飛ばしたくらいでは今までの鬱憤が発散されなかったオリヴィエは、倒れているアヴリルに馬乗りになると、呼吸を確認してから一発殴った。
「わたくしがか弱い乙女だと思ったら大間違いよ。ほら、起きなさい。あなたがエルネスタを操ったのは知っているわ。さあ、彼女を開放して、ジャレッドの居場所を吐きなさい!」
ぱしんっ、ぱしんっ、ぱしんっ――繰り返し平手で頬を打つも少女が目覚める気配はない。
「お、オリヴィエたん……とても今の姿はか弱いなどと言えませんぞ」
公爵令嬢とは思えない力づくな光景にさすがのジドックも冷や汗を流す。
「オリヴィエさま――っ!」
そうこうしている内に、オリヴィエに見覚えのある騎士たちがなだれ込んできた。
「よくぞご無事で!」
「あなたたち、どうしてここが」
「おっとオリヴィエさま発見。あれ、なんでアヴリル・ギャラガーに馬乗りになっているんですか?」
「ルザー・フィッシャー、あなたまで」
騎士に続いてルザーまでが現れ、オリヴィエの体から力が抜けていく。同時に、璃桜との繋がりが切れてしまい、強化されていた身体能力がなくなっていく。
「もちろんお助けに。どうやらオリヴィエさまが、あのレナード・ギャラガーの娘を倒したそうですね。意外でした」
「なぜだかわからないけれど、いきなり部屋に飛び込んできたのよ。魔術でも使われたらどうしようかと思っていたのだけれど、よかったわ」
「ふひひっ、実に気合の入った蹴りでしたからね」
どうやら弟の婚約者は守られているばかりの女性ではないのだと知ることができて、ルザーに笑みが浮かぶ。
「とにかくご無事でなによりです。さあ、いつまでもそんな女に乗りかかっていないで離れてください――ところで、あんた誰?」
ジドックに気づいたルザーが問うと、オリヴィエが彼を紹介した。
「彼はジドック・ロッコよ。わたくしを助けにきてくれたの。その、ジャレッドと出会う前の、婚約者候補よ」
「ふひひ、ジドック・ロッコと申します」
「それは、また……ずいぶんジャレッドとは違う方が婚約者候補だったんですね」
「わたくしが選んだわけじゃないわ」
「細身のマーフィー殿と違い、拙者はふくよかですからなぁ」
別にルザーは体型のことを言ったわけではなかったが、本人が笑っているのでよしとする。雑談するのもいいが、今はこの場から離れるべきだ。応援がこられると面倒だ。
「……どうやら僕が最後のようだな」
「ラウレンツ!」
体を庇うようにして階段を降りてきたラウレンツにルザーたちが気づく。
彼は満身創痍であり、至るところから血を流している。致命傷はないようだが、手当てが必要なのは一目瞭然だった。
「無事、じゃないみたいだね」
「気にするな。唾をつけておけば治る」
「また強がちゃって。残念だけど手当ては後だ。今はオリヴィエさまを連れてここから出よう」
ルザーが指示を出し、騎士たちがオリヴィエとジドックを囲む。
意識を失っているアヴリルの手足をベルトを使って拘束すると、ひとりの騎士が担いだ。
「じゃあ俺が先頭に、次に騎士の皆さんとオリヴィエさまが」
「後ろは僕に任せろ」
「任せた。では、いきましょう」
残っている敵がいないか警戒しながら階段を上り、屋敷の外へと向かう。
途中、意識を失っている王立魔術師団員や学園の生徒たちを見つけるが、彼らを捕縛する余裕はなかったので放置していく。
後方で軽快しながら進んでいたラウレンツの視界に、砕けた地面の中で倒れるブレンダ・キャンベルを見つけるが、彼女の構うことなく足を進めた。
極力屋敷から離れたことでルザーたちから緊張が抜けた。
「璃桜はどうするの?」
「オリヴィエさまをお届けしたあと、再度屋敷へ突入して助けます」
屋敷から離れていくとオリヴィエが取り残された竜の少女を案じるが、ルザーは淡々とした返答をした。
助けないわけではないが、優先順位がある。竜とは言え子供だ。助けてやりたい。だが、まずはオリヴィエを安全な場所に送り届けなければならない。
「竜の女の子でしたら拙者が居場所を知っていますので、ご一緒しますぞ」
「だけど、あんたは戦えるのか?」
「最低限の護身用ならできますぞ。万が一敵が現れても拙者の自己責任でなんとかしますのでご安心を」
そう言ってくれるのは助かるが、オリヴィエをわざわざ助けに単身乗り込んできた青年に危険なことをさせたくないのがルザーの本音だった。
「ジドック、あなた……本当にいいの?」
「もちろんですぞ、オリヴィエたん。拙者は恩返しをするために馳せ参じたのです。最後までお付き合いしますぞ。ふひひ」
「ありがとう」
胸を張って笑って見せるジドックにオリヴィエが感謝の言葉をかける。
ようやく林檎園を抜けた一同は、いったん足を止めることとなる。その理由は、
「離せ! 呪い殺すぞ! わたしに触るな!」
オリヴィエによって気絶していたアヴリルが目を覚まし暴れ出したからだ。
鍛えられた体躯の騎士とはいえ、抱えている少女が全力で暴れてしまえば拘束しておくことは難しい。
「どうしますかオリヴィエさま」
「そうね……ジャレッドの居場所を聞き出しましょう。時間が惜しいわ」
「――この、クソ女っ。許さないっ。よくもわたしの顔を蹴ったな。お前を呪ってやる。操り、狂わせて、人の尊厳を踏みつぶしてぐちゃぐちゃにしてやるっ」
手足を縛られながらも、憎悪を瞳に宿し唾を飛ばすアヴリルに、オリヴィエは負けじと睨みつける。
「許さないですって? ――それはこちらの台詞よ。屋敷を襲撃し、家族を人質に取り、わたくしとジャレッドを攫っておきながらよくもそのような口がきけるわね」
オリヴィエが合図すると、騎士がアヴリルを地面におろした。
同時に、口を開き悪態を着こうとしたアヴリルの頬をオリヴィエが平手で打つ。
「覚悟しておきなさい――わたくしたちを巻き込んだことを、必ず後悔させてあげるわ」
冷ややかな瞳で射抜かんばかりの視線を向けたオリヴィエに、アヴリルは言葉を発することなく息を飲み込んだ。
「さあジャレッドの居場所を吐きなさい。あなたの未来は、あなたの行動次第で決まるのよ」




