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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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21.囚われの身6. オリヴィエ4. 反撃!



「竜の、力ですと?」


 人間でありながらどうやって、とジドックが問うよりも早く、オリヴィエは目を瞑り深く意識を落とした。


 ――璃桜。


 深い意識の底で竜の少女に呼びかける。

 オリヴィエと璃桜には繋がりがある。婚約者に言うことなく、家族たちにも秘密にして仮初めの契約を交わしていたのだ。

 璃桜は以前、オリヴィエに打ち明けた。


『――家族の力になりたい』


 種族ゆえに母たちと小さな屋敷の中で過ごしてきた彼女だったが、ともに暮らしていく内に自分たちのことを家族だと受け入れてくれた。もちろんオリヴィエたちも璃桜を家族だと思っている。

 竜とはいえまだ幼い少女が家族たちが傷つき苦しんでいる姿を見てなにも思わないはずがなかった。


 同時に賢くもあった。璃桜は自分が力を振るえば人間など容易く壊れてしまうことを十分理解していたのだ。

 短慮な行動をすることなく、考えた末に――守るべき存在のひとりであるオリヴィエに力を貸そうとした。

 幼き竜は言った。


『オリヴィエが戦うことができればジャレッドたちが今よりも安心できるのじゃ』


 事実、オリヴィエには己の身を守るすべがない。いや、まったくないわけではないが、当時の彼女を襲う外敵に対し、防御手段はあまりにも脆弱だった。

 オリヴィエは璃桜の訴えを聞き入れた。むしろ願ってもない好機だった。


 守られているばかりではなく守る側でありたい――そう願っていたオリヴィエにとって、璃桜の申し出は喉から手が出るほどのものだった。

 目的が一致した二人は仮初めの契約を交わした。一時的に、身を守るためだけに使われる最終手段。

 今まで力を使う機会がなかったが、今こそ使うべきだった。


 ――璃桜。わたくしに気づいて。

 ――オリヴィエ?


 反応が返ってきた。


 ――あなたは無事かしら?

 ――無事じゃ。囚われていることには変わりないのじゃが、それだけである。すまん。そなたたちを助けられなかった。


 伝わってくる声から少女が落ち込んでいることがわかる。そんな幼子が愛しく、そばにいたのなら頭を撫でてあげたかったが、今はかなわない。


 ――力を貸して。お願い。

 ――うむ! 今こそ妾たちの力を使うときなのじゃな!

 ――ジャレッドが囚われているわ。わたくしたちで助けましょう。

 ――承知した!


 きっと大きく頷いていただろう璃桜の返答に、思わず笑みがこぼれた。いつも元気いっぱいの少女に勇気づけられる。

 璃桜と繋がっている仮初めの契約を介して、熱が伝わってくることに気づいた。

 これが竜の力だ。熱が力となってオリヴィエの体内を駆け巡る。

 熱い、熱い、熱い。これだけの熱量を抱えていて、よく璃桜は平然としていられるものだ、と感心する。


 だが、伝わる力は竜の少女が持つほんのひとかけらでしかない。魔術師でもないただの人間のオリヴィエに竜の力を受け止めるだけの器などないのだ。

 竜の力を与えられようと、――せいぜいか弱い女性が騎士くらいの身体能力を手に入れることができる程度でしかない。

 それでも分不相応な力だった。


「お、オリヴィエたん?」


 ゆっくり目を開けると、不安そうにこちらを見つめるジドックがいた。


「竜の力と言い、目を瞑ったのですが、なにか変化があったのでしょうか?」


 恐る恐るといった感じで問う彼はオリヴィエに宿った力に気づいていない。所詮、その程度の力でしかない。だが、ここから脱出するには十分すぎる。

 オリヴィエが手に入れたのは優れた身体能力だが、体を動かすことだけがすべてではない。強化された聴覚がこちらに近づいてくる足音を捕らえた。


「くるわよ」

「はい? ……なにが、――っ、誰かきましたぞ」


 明らかになにかから逃げている足音がどんどん近づいてくる。

 足音の軽さから女性であることに気づき、オリヴィエの脳裏には屋敷に乗り込んできた忌々しい少女の顔が浮かぶ。


 あの甘い喋り方を思い出し苛立ちが浮かぶ。あろうことかあの女は、ジャレッドを捕らえただけではなく彼の秘書官を操り人形としたのだ。決して許されることではない。

 大きく息を吸い身構える。


「あの、ま、まさか、オリヴィエたん、もしかしなくても、戦うつもりすかぁ!?」

「その通りよ!」

「いえいえ、意気込んでいるところに水を差してしまい本当に申し訳ないのですが、あなたが戦ってなにかあれば、拙者はなんのためにここにきたのかわからなくなりますぞ。とりあえず拙者を肉の壁にしてやり過ごして――」


 ジドックが慌てた声を放ったと同時に――オリヴィエは跳んだ。


「オリヴィエっ、外に出してあげるわっ――わたしの駒として、あの男を倒す道具として――っ」


 少女は部屋に飛び込んでくると同時に、顔の高さまで跳躍したオリヴィエの右足が力強く放たれる。

 武術の嗜みなどなく、誰かに暴力を振るったこともない。少しだけ抵抗する方法を最近習ったが、所詮付け焼刃でしかない。それでも、忌々しい相手が眼前にいるのだ、璃桜のおかげで強化された体なら今までのお返しができる。


 大きく目を見開いた黒髪の少女の顔面に、足が届いた。

 固いものを蹴った衝撃が足の裏から伝わり痛みを覚える。――が、構うものかと渾身の力を込めて足を振り抜いた。

 そして――、


「――へ? ――ぶっっぁああっ!?」


 間抜けな声を上げて吹っ飛んだ少女を視界にとらえながら、綺麗に着地したオリヴィエは鼻を鳴らした。


「わたくしが魔術師でなかったことに感謝なさい。もし今以上の力を手に入れていれば、あなた――死んでいたわよ」

「いえ、あの、オリヴィエたん。この少女、死んでませんか?」

「……」


 ジドックのつぶやきは聞こえないふりをした。



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