19.囚われの身4. オリヴィエ2.
「ふひひっ、ここがどこなのかわかりますかな?」
「さあ、どこでしょうね」
笑みを崩さないジドック・ロッコの問いかけにオリヴィエは素っ気なく返事をした。
彼が入ってきた扉は丁寧なことに鍵が外からかけられている。目の前の男を張り倒しても外にできない現実に、内心嘆息する。
脱出できなくともできることはある。たとえば、ジドックと会話を続けることで有益な情報を得ればいい。
「ロンマイヤー侯爵家の私有地といえばわかるでしょう。ふひっ、あの一族が誇る林檎農園の一角にここはあるのです」
「まさかロンマイヤー侯爵まで?」
ジドックの言葉を信じるなら侯爵家が国に反旗を翻したといことになる。
だが、気になることもある。ロンマイヤー侯爵家に魔術師がいただろうか、とオリヴィエは考えるも付き合いがあまりない一族の事情まで把握できていない。
そもそも決して社交的ではない彼女が他家の事情を知ることは、自分から調べない限りないのだ。
少しでも他家の子女と交流があれば噂話などで様々な事情を聞くこともできるのだが、残念ながらオリヴィエにはそのような機会もなかったのだ。
「なぜ教えてくれるのかしら?」
居場所がわかったことはいい。まったく知らない場所に閉じ込められていると考えるよりはマシだった。
この場がどこかわかった以上、外にさえ出れば逃げ出すことができる。問題は、そのチャンスがいつ訪れるか、だ。
「まさかわたくしを開放するなんてことはないでしょう?」
「ひひっ、僕を散々馬鹿にしてくれたお礼ですよ」
ジドックが一歩近づき、オリヴィエが一歩引く。
体格的にも大きく差があるため、目の前の小太りの青年が掴みかかってくればなす術もない。反撃の手段はあるが、ここぞというときに使いたいため内心葛藤してしまう。
「お礼をしたいならすればいいわ。わたくしはなにをされても屈しないわ」
「――い、いいですぅ、その凛とした表情、冷たい瞳、じつにぞくぞくしますぅっ――、ふう、はぁ、ふひひひっ、危うく達してしまうところでした」
「気持ち悪いほど変態ね。以前、わたくしとあったときにはまだ愛嬌のある人間だと思ったのだけど?」
「すべてオリヴィエたんのおかげです。ひひひっ、あなたが僕のことを両親の前で散々罵倒してくれたおかげで――新しい扉が開かれたのですっ」
「……はい?」
恨みごとを聞かされると覚悟していたオリヴィエだったが、ジドックの言葉はなにかが違った。
つい警戒を薄くして首を傾げてしまうのだが、ジドックは息を荒くして続ける。
「もともと自覚はあったのですが、必死に隠して、いえ、気づかないふりをしていました。なのに、晒されてしまった拙者の性癖――見下すオリヴィエたん、困惑する両親と公爵さま。あのときの凍てつく空気を思い出すだけで拙者は、拙者はあぁああああああっ」
一人称まで変えた男の咆哮にオリヴィエは引いた。
だが、自業自得である。彼の言葉通りならこの変態にしか思えない性癖を開花させてしまったのは他ならぬオリヴィエ自身だ。
「つまり、その恨みを果たしにここへきたのね」
ようやく合点がいった。魔術師でもないジドックがこの場に現れたのは、どのような伝手を使ったのか知らないが復讐のためだったのだ。
自分のしたことの責任をとらなければならない。ジャレッドと出会い、幸せになっていく中で、いつかこのような日がくることを覚悟していた。
気丈に振る舞い続けるオリヴィエだが、ジドックになにかされてしまうのだと思うと涙が出そうになる。
「おや? オリヴィエたんはなにか勘違いしているのでは? 拙者は恩を返すためにこの場に馳せ参じたのです」
「お、恩返し?」
――しかし、ジドックの口から出てきたのは復讐ではなく、恩返しという真逆の言葉だった。
「恩返しです。ええ、もちろんですとも。性癖が開花され、暴露されたことで両親は拙者にぴったりな女王さ――じゃなかった、お嫁さんを連れてきてくれました。おかげで夜の営みをはじめ夫婦仲は順風満帆! 子供まで授かったのです!」
「そ、それはおめでとう」
「ふひひっ、ありがとうございますっ。拙者の娘には恩人であるオリヴィエたんから名をいただきたく思っています」
「あ、あのね、ジドック」
「なんでしょうか?」
「じゃあ、その、あなたはなにをするためにここにきたのかしら?」
恨んでいないのであれば、眼前で太い体をくねらせて息を荒らげている青年の目的がいまいちわからなかった。
「無論、恩人であるオリヴィエたんを助けに馳せ参じました。どうやらレナード・ギャラガーと一緒に恐れ多くも国に反逆し、オリヴィエたんを攫った輩共は拙者があなたを恨んでいると勘違いしていたようです」
「普通なら、そうよね」
むしろ恩を感じているジドックがおかしい。
「その勘違いもあって金銭であなたを好きにしていいという取引を持ちかけられまして、おそらく奴らには資金が必要なのでしょう。拙者は、そのときすでに水面下で反乱を起こしている輩共に気づいていましたので、甘言に乗ったふりをしたのです――ふっひひ」




