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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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15.救出劇 ラウレンツ・ヘリング対ブレンダ・キャンベル1.



「血の繋がりがないと聞いているが、よく似ている兄弟だな」


 屋敷の裏手に回ったラウレンツは、ルザーが放つ雷音を耳にしてジャレッドとよく似ていると感じた。

 聞けば、ジャレッドに戦う意思を持たせたのがルザーだという。ならばジャレッドが彼に似ていると思うべきかもしれない。


「ラウレンツ殿、突入の準備が完了しました」

「わかりました。ではいきましょう。極力静かに、敵は早く鎮圧する。ただし学生は殺さないでください、操られてる可能性が大きいのです」

「承知しました」

「よろしくお願いします」


 兵士を束ねる壮年の男性と短く会話して屋敷の中へ侵入する。

 常時なら年長者に「殿」などと呼ばれると困ってしまうのだが、今はそんなことを考えている余裕などラウレンツにはなかった。


 息を殺して屋敷の中を一部屋ずつ捜索する。兵士たちが個々に別れていく。ラウレンツはひとりで動くことになっているので、予定通りまずオリヴィエの捜索だ。彼女さえ見つかればジャレッドの枷が外れることになる。


 兵士たちでも自分でも構わない。とにかく人質を奪取することが最優先だ。

 一階を兵士に任せラウレンツは二階へ進む。さすが侯爵家の別宅だけあって屋敷も大きければ部屋数も多い。実に忌々しい。

 意地でも見つけてやると、急ぎながらもできるだけ静かに部屋の確認を急ぐ。――が、耳に届いた物音で足を止める。


「――きたな」


 廊下に出ると、見知った顔がいた。王立学園の生徒たちだ。

 両手を伸ばしても余裕がある廊下にひしめくよう並んでいる。全員が虚ろな瞳をしており、人形のごとく全員が同じ動きをしていた。正直、気味が悪い。


「僕の声が聞こえるか?」


 返事はない。ただ決められたことを実行するだけの人形として生徒たちはラウレンツに向かい腕を伸ばし歩いてくる。


「――くそっ。まるで食人鬼のようだな」


 魔術を撃つことはできない。操られているせいか魔術を使おうともしない同級生に下手な攻撃をしたくなかった。障壁を張ってくれるかさえわからない。最悪殺してしまう恐れがある。


「いくら僕がトレスさまとアデリナさまに戦闘訓練を受けたからとはいえ、この人数を魔術なしで制圧することなんてできないぞ」


 三人までならなんとかなったかもしれない。魔術だけではなく、戦闘技術において優れている宮廷魔術師を相手に訓練したのだ、いくら魔術師としての基本的な戦いがベースであり体術を得意としないラウレンツであってもまったく無抵抗でやられることはなかっただろう。


 しかし、状況が悪すぎる。

 こちらは極力傷つけたくない。相手はこちらの事情などお構いなしにやってくる。状況が許せば、ふざけるなと声を大にして叫びたかった。


「すまないが――僕にはすべきことがある。手加減はするが、それ以上の気づかいはできない。恨むなら、甘言に惑わされた自分自身を恨んでくれ」


 手に持つ杖に魔力を込めて、床を叩く。

 刹那、床と左右の壁が数多の棍となり隆起し、生徒たちに殺到する。

 体中を殴打され後方へ飛んでいく生徒だが、痛みすら感じていないのか腕や足があらぬ方向へ曲がっても、立ち上がって再び向かってくる。


「困ったな。これ以上の攻撃をすれば音が大きくなってしまう。なによりも、殺してしまう可能性があるんだが……」


 本来なら今の攻撃も、魔力によって干渉した床や壁から石の槍を数多に生みだし敵を串刺しにするものだった。先端を丸め、棍にしたことで殺傷能力を押えたのだが、あまり意味をなしていないようだ。


「仕方がない……ここは逃げることにしよう」


 近くの部屋に逃げ込むと、生徒が呻き着いてくる。

 ざっと見て二十人ほどいる生徒が順番に手を伸ばすが、あえてラウレンツはかわすことなく伸ばされた手を掴む。


「あとで痛いだろうが許せ――」


 そして、その腕を無理やり引くと、窓の外へ向かって同級生の体を思いきり投げた。

 窓が割れ、生徒の体が宙を舞う。

 続けてひとり、もうひとりと窓の外へ向かい、同級生を次々放り投げていく。


 外からルザーの叫び声が聞こえた。丁度いいところにいたものだと内心苦笑と謝罪をして、屋敷の外へ放り投げた生徒の対応を彼に任すことにする。

 何人かに腕や顔を引っかかれてしまうが、それ以上の傷を負うことなく、全員を外へ投げ飛ばすことに成功した。


「これで捜索に専念できるな」

「――そんなことさせないわ」

「まだ、いたのか」


 はじめてしっかりとした言葉が返ってきたことに身構える。扉の前にいたのは、よく見知った少女だった。


「君は――ブレンダ・キャンベル」

「あら。未来の宮廷魔術師サマに名前を憶えていただけるなんて光栄ね」

「よく知っているとも。僕は君に憧れていたんだ」


 ブレンダ・キャンベル――亜麻色の髪を少年のように短くした少女だ。ウェザード王立学園に通う特待生のひとりであり、授業を免除する代わりに王立騎士団の仕事に参加していた。

 宮廷魔術師候補に選ばれる可能性が高いと噂されながら、今まで彼女の名が挙がったことはない。


「そう? 嬉しいけど、所詮――宮廷魔術師どころか、候補にさえ名前が上がらなかったわ。それどころか特待生ではない貴方のほうが宮廷魔術師候補になる始末よ」

「まさか――それが理由なのか?」

「半分正解、半分不正解ね。私はね、宮廷魔術師になれる実力があると自負しているわ。それこそジャレッド・マーフィーやほかの特待生なんかよりもずっとずっと強いのだと。レナード様もそう言ってくれたわ。だから証明したいの」

「なにを証明する気だ?」

「私のほうが強いってことを、よ。ジャレッドは無様にも捕まってしまったけど、あなたや他の宮廷魔術師を倒すことで、私が相応しかったと魔術師協会と王宮に認めさせるわ」


 ラウレンツは絶句した。まさかその程度の理由で国に反旗を翻した面々に与しているか、と。

 彼女にとっては「その程度」ではないかもしれないが、力試しをしたいのであればもっと別の形で挑めばよかったのだ。


「まず貴方よ、ラウレンツ・ヘリング。宮廷魔術師二人の推薦もあって宮廷魔術師候補に選ばれたらしいけれど、本当にそれだけの実力があるのかしら?」

「今、この場で試すつもりか?」

「ええ、もちろん。そのためにわざわざこんな面倒なことに組したのよ。さあ、勝負しましょう。私と貴方どちらが強いのか――命を賭けて!」


 声を張り上げると同時に魔力を高めたブレンダから地属性の魔術が放たれた。



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