14.救出劇 ルザー、ラウレンツ.
ランレンツ・ヘリングとルザー・フィッシャーはロンマイヤー侯爵家私有地に足を踏み入れていた。
彼らの後方には少し距離を置いてアルウェイ公爵家の私兵が続いている。
「こっちが当たりだといいんだけどね」
「オリヴィエさまとジャレッドが一緒に囚われている可能性はあまりないと僕は思うが、どちらかを見つけることができれば状況も変わるはずだ」
「違いない」
「それにしても王都の外れとはいえこれほどの規模の林檎園があるなんて初めて知ったぞ」
ロンマイヤー侯爵家私有地は林檎の木が大量に埋められていた。その奥に、大きな屋敷がある。どちらかと言えば、王都ではなく田舎の領地という印象を受ける。
「きっと林檎が好きなんだろうな。まあ、幸い身を隠す場所が多いのはありがたいよ。向こうが隠れていた場合も見つけにくいんだろうけどね」
そう言いながらもルザーは身を隠すことなく木々の合間を堂々と歩いてく。
かつて操られていた見であったとはいえ暗殺組織ヴァールトイフェルで専門的な訓練を受け、雷属性の魔術師でもあるルザーにとって例え国を守護する王立魔術師団に属していた魔術師であったとしても恐れる敵ではないのだ。
驕っているわけではない。ただの事実である。
いくら王立魔術師団が数々の戦いを経験しようと、ウェザード王国は現在平和な国だ。魔物や罪人を相手にしたとしても限度がある。対しルザーは強い敵とばかり戦い、ときには人間も多く殺してきた。中には魔術師も多くいた。
殺人を誇っているわけではなく、対人戦に特化しているルザーだからこそどこから敵が現れるかわからない状況下で平然としていられるのだ。
なによりも負けられない理由もある。操れていた自分を救ってくれた大切な弟と、この国で暮らすにあたり力を貸してくれた弟の婚約者の父親に借りがある。家には待っていてくれる家族と、ずっと支えてくれた少女がいるのだ。
敗北するわけにはいかないのだ。
涼しげな微笑を浮かべているものの、内心では大切な弟とその婚約者をさらった人間たちに腸が煮えくりかえるほど怒りを覚えている。
感情を爆発させないのは、ひとえに今はそのときではないとわかっているからだ。
「それにしても、人気がないな。もしくは屋敷の中にいるのか?」
林檎園を進めば進むほど人の気配はなく、本当にこの場に王立魔術師団の目撃情報があったのかさえ疑わしくなるラウレンツ。
彼は緊張から額に汗を浮かべ、呼吸も荒い。
ジャレッドと友人関係になるまで本格的な戦闘を経験したことはなかった。過保護な親が危険を冒すことを反対していたせいもあるが、学生という身分であることを他ならぬ本人が自覚していたせいもある。
だが、兄のように慕っていた宮廷魔術師候補が復讐者に殺され、その一件で初めて人間を相手に命を奪い合う戦いを経験した。その事件で縁ができた宮廷魔術師に二人から本格的な訓練を受けたものの、自分では強くなったという感覚は未だない。
そんな中、王立魔術師団が国を裏切る事件に遭遇し、友人の王子を守るため単身激闘を経験した。戦いで負った傷は公爵家で治療してもらったが、精神的な疲労がなくなったわけではない。
正直に言ってしまうと人間と戦うことが、今も怖いのだ。
「止まってくれ、ラウレンツ。見張りだ」
「……やはり当たりだったか」
林檎園を過ぎ屋敷がはっきり視認できる距離に近づくと、屋敷の囲むように数人の王立魔術師団員が見張りとして立っていることが確認できた。
ルザーは口に人差し指を立て、後方の兵士たちに静かにするように指示する。
「さてと、どうする? 俺としては真正面から突っ込みたいんだけど」
「僕は慎重になるべきだ。相手が自棄になっておかしな行動をしないとも限らない」
「なら二手に分かれないか? 俺は正面から敵を無力化していくから、ラウレンツは兵士たちと一緒に裏手に回ってオリヴィエさまを見つけてくれ」
「つまりルザーが囮になるのか?」
「そのほうがいいと思う。正直、静かに戦うのなら敵を殺す以外の選択肢を取れないんだ。万が一操られている学生が出てきたら、あとで後悔するかもしれない」
訓練ならまだ手加減はできるが、今は実戦だ。敵が命を奪うつもりならルザーも加減はできない。そう意識するように訓練されており、長年染みついた癖は早々に消えてくれない。
雷撃を使えば音が鳴る。静かに戦えば技術を持って敵を文字通り沈黙させる方法しかない。それはルザーの望むものではなかった。
「わかった。なら囮として派手に戦ってくれ。オリヴィエさまを探すのは僕たちに任せろ」
「任せるよ。くれぐれも無理をしないように」
「そちらこそ。人質を見つけたらすぐに引こう。探し人を見つけておきながらいつまでも向こうにつきあってやる必要もないからな」
「違いないね。じゃあ、そういうことで、よろしく!」
ルザーは林檎の木の影から姿を現すと悠々と歩いていく。
見張りたちが気づき、声を荒らげているが知ったことではない。
「俺さ、滅茶苦茶に怒っているんだ。かわいい弟が婚約者と一緒に攫われたなんて――許せるはずがないだろ?」
雷を纏い青白く発光するルザー。
未だ微笑は消えていないが声音は硬く、怒りが内側から漏れていた。
団員たちが問答無用で魔術を放つが、雷を纏い消えたルザーを捕らえることができない。目標を見失い右往左往する魔術師たちに、再び姿を見せたルザーからすさまじい雷撃と轟音が襲いかかった。




